女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
駅に繋がる通路に入る前に枝分かれしている道に、ぐいと腕を引いて引っ張り込まれた。驚いて声を上げたけれど、彼は聞こえなかったかのように私の腕を引っ張って早足で歩く。
こちらは人も通らないし、街灯もまばらで暗い。
影から出て、駅前の広場のベンチまで連れて行かれる。痛いのは嫌なので、大して抵抗もしなかった。
彼は投げ出すように腕を放し、私をベンチに座らせた。
「何故、話を聞かないんだ?」
怒りを懸命に静めているような声だった。蹴れるものが近くにあれば、すぐにでも蹴っ飛ばしそうな雰囲気だった。
「・・・私のことは放っておいて。第一、あなたには関係ないでしょう」
ぼそっと呟く。
もう、どうでもいいの。
私は事の経緯をみて、斎が早く捕まることを祈り、後はそれを忘れるためにまた仕事に没頭するんだから。
もう、男はこりごりなの。
胸の中で言った言葉なのに桑谷さんには判ったようで、眉をしかめて低い声で言った。
「・・・逃げるのか」
私は顔を上げて前に立ちはだかる男を眺める。駅前は明るくて、彼の表情の細かいところまでがハッキリ見えた。気が張り詰めているからか、彼からは非常に男っぽい空気が溢れ出ていた。野生の、ギラギラした闘争心のような雰囲気が。
普段なら恐ろしいと思ったかもしれない。だけど、私はかなり淡白な気持ちでただそれを見ていた。
怖いなんて思わなかった。