女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~



 頭の中で、ぶちっと音がした。

 私は弾みをつけてベンチから立ち上がり、右手をしならせて、勢いよく彼の頬を叩いた。力を込めて、スナップを効かせて。バシンと皮膚を打つ、強烈な音がそこら辺に響く。

 桑谷さんは少し体を傾けただけで、大して影響もなかったかのようにすぐに私に向き直った。

 歯が当たったのか、切れたらしい唇を手の甲でぬぐう。そして彼は一重の目を細めて私を見下ろした。

「・・・・いいぜ、それで気が済むんなら」

 私はそのまま痛む右手を左手で掴み、黙っていた。

「好きなだけ俺を殴ればいい」

 桑谷さんはそう言って、口元を歪める。

 私は外灯に浮かび上がる彼を見ていた。

 彼も私を見ていた。

 二人とも無言だった。


「・・・・どうして、そこまでして?」


 暫くして、やっと私は口を開く。じんじんと痺れて熱を持った右手が、熱かった。

 風がかき乱した髪の毛を顔から払って、桑谷さんは言った。


「どうしても―――――君が欲しいから」


 ドクドクと痛む胸を押さえていた。



 私の目から、涙が落ちた。





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