女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
今晩は、菓子折りを持って、前のアパートの大家さんに挨拶に行かなければならない。契約途中の退室でかなり嫌そうな顔をされたものだ。
背に腹は替えられない、そう思って、昨日神社で襲われた女性は私なんですと話してみた。だからどうしてもここが怖くて嫌なんです、と。すると店子の急な引越しで渋面を作っていた大家さんも、同情の笑顔を見せてくれた。
それじゃあ仕方ないよね、て。
あんた、大変だったんだね、体は大丈夫なの?って。
最後には「頑張ってね」と激励の言葉まで頂いたほどには、大家さんの機嫌も直っていた。
私は笑顔で頭を下げて、大家さんの部屋を出る。
アパートを出たところで、桑谷さんから電話があった。わお、いいタイミングだわ。私はすぐに通話ボタンを押して携帯電話を耳にあてる。
「もしもし」
『―――――出てくれたんだ』
彼のホッとした声が耳をくすぐる。
「約束でしたから」
私がそう答えると、不満そうにぶーぶー言っていた。
『今、外か?』
「はい、これから友達と会うんです。高校の時のクラブの集まりで、皆で晩ごはんです」
歩きながらさらりと嘘をついた。別に不審にも思わなかったようで、ああ、そうなんだ、と返事が聞こえる。
『じゃあ忙しいだろうから切るよ。行き帰り、気をつけてくれ』
残念、会えるかと思ってたけど、と続けて彼が笑った。
またの機会ですね、と私も優しく返す。
そして、携帯を閉じた。