女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


 彼が、ふう、と大きく息を吐いた。

 頭に手をやって瞳を閉じ、壁にだらりともたれかかる。それから疲れた声で呟くように話す。

「色々試したよ。でも俺は、基本的には一人で大丈夫なんだ。神だの仏だのにはどうものめり込めない。職業的にも酷い現実を見続けてきていて、そんなものの存在を信じて頼るにはドライになりすぎていたんだ。・・・それで、去年から、髪を伸ばしだした。34歳の誕生日を無事に迎えられたら・・・そしたら、切って、呪いを捨てようと・・・」

 それが、長髪の理由、と呟いてこっちを見た。

 緊張が見えた。彼が感じている不安が、波みたいにじわじわと寄ってくるのが判った。

 この話をするのには、非常な勇気が要ったことだろう。内容ではなく、そのことだけをちゃんと理解しようと思った。

 だから私はにっこり笑って、部屋の中を忍び寄る不安を吹き飛ばすことにする。

「大丈夫よ、私といれば。なんせ、殺したって死なない女なんだから」

 桑谷さんは黙ってじっと私を見ていた。この人は、本当にただ見詰める。ぶれない視線に負けないように、もう一度にっこりと笑った。

 大丈夫よ、そんな不安は――――――――完膚なきまでに、叩き潰してあげるから。

 彼の口元も瞳も、こわばりがほどけて少しずつ柔らかくなる。

「あなたは私を大人しくさせるのに必死になるはず。とっても忙しくて、恐怖に支配されてる暇なんてなくなるわ」


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