女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


 グラスからキンキンに冷やしておいて、これまたしっかり冷やしたビールで乾杯することにした。これぞ、夏の夜の贅沢。

「何に乾杯しますか?」

 私が彼を覗き込んでそう聞くと、桑谷さんは口の左端をきゅっと持ち上げて少しだけ笑う。

「・・・・じゃあ、人生に」

「え?」

 まさかそんな返事がくるとは思わなかった。私は少しばかりぽかんとした顔で彼を見る。すると少々照れたような顔で、桑谷さんが言った。

「今日は、あらゆる意味でスタートだと思うけどな」

 ――――――ふむ、なるほど。

 悪魔は消えて、私は大切な人に昇格した男と夏の夜を楽しんでいる。・・・確かに、そうね。頷いて、グラスを近づけた。

「・・・じゃあ、人生に。乾杯」


 グラスは涼やかな音を立てた。



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