女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


「金は使った」

 暗くて低い声だった。私は言葉に呪いを込める。地獄へおちろ、バカ男!

「やっぱり盗ったのね、このろくでなし」

 階段を降りて私物鞄を拾い上げた。振り向いて、階上に立つ斎を見上げる。

「部長の娘さんに使ったの?・・・きっとそうなんでしょうね。女を喜ばせるために、他の女が貯めた金を使うなんて・・・まさしく、バカ男ね」

 ヤツは暗い目をしていた。色男の片鱗も見えない表情で、じっと私を見ている。

「警察に言ってもいいわ。そして法廷で争って、返して貰うとか」

「・・・」

「いえ、やっぱりそれでは時間も掛かるわね。借金してでも、すぐに返して頂戴。私の201万。そしたら――――――」

 言葉を切って、バカ野郎を見上げた。ヤツの視線と空中で絡みあい、火花が散るかと思った。斎が唇を舐めて促す。

「・・・そしたら?」


「永遠にあんたの前から消えてあげるわ」


 そして私は階段をおりて売り場に向かった。

 その日は結局一度も斎を見なかった。出勤日でないのに来て、私を待ち伏せしていたらしかった。最後の懐柔策だったのだろう、激しいキスで心を溶かそうと。

 ・・・てめーはキスが下手だって、言ってやったのに、あのバカ男。

 心を溶かすどころか、逆に激しい嫌悪感を持っただけだった。あーあ・・・全く、無駄な朝だった。私は休憩時間、うんざりしてため息をついた。


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