女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
呆れて、私は斎から距離を取ろうと膝をついたままで後ずさった。きっともうストッキングは破れてボロボロになっているはずだ。
「―――――――語るに落ちるとは、このことを言うのよ。やっぱり階段で押したのはあんただったってわけね」
「今無事に生きてるじゃねーか」
ヤツが笑いながら、手の平で私を指し示した。
カッとした。逆上した頭で罵声を浴びせようとしたら、静かで落ち着いた、しかもよく通る声が響いた。
「俺が、助けたからな」
ハッとして、二人で同時に振り返った。
興奮していて忘れてたけど、ここはデパ地下の倉庫の中なんだった。閉店後で少ないとはいえ、勿論従業員は何人か残っている。
やば、今の、聞かれ――――――――――
「あんたら、座り込んで何やってんの?」
低いのによく通る声が、倉庫の中を走って私達のところの空気を震わせる。
長身に長髪の桑谷さんが、入口に肩を預けてこちらを見下ろしていた。だらりともたれかかっているのに、ダラしなくは見えないのは彼の体格がいいせいだろうか。今日は既に私服だった。
深緑のTシャツに黒いカーゴパンツをはいている。シンプルな格好がよく映えていた。彼の一重の黒目は真っ直ぐに私達に向かっていて、無表情だった。