女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


 私は思わずパッと両手で耳を押さえた。

「―――――――――」

 体中の血が顔に集まったのかと思った。きっと真っ赤になっているだろう。

 私を動揺させた張本人は乗り出していた身を引いて自席の椅子にもたれ、目を細めてこちらをじっと見ていた。

 そしてカウンターの中に、静かな声で、お愛想、と言った。

 私はいきなりうるさく鳴り出した鼓動を抑えようと小さく深呼吸をする。全身が熱を持っているのはアルコールだけのせいではない。それは確かだ。

 彼が立ち上がってレジへと向かう。

 私は鞄を掴んで何とか立ち上がり、次に誘われてるのに会計に口を出すのも失礼だろうと先に店を出た。


 生暖かい風がボブの髪を揺らす。


 ・・・・ビックリした。耳朶に感じた吐息を思い出して身震いした。

 自分の反応にも驚いていた。まさか、17や18の小娘じゃあるまいし、なんてウブな反応を・・・。もう30歳だというのに。

 いやいや、そんなことより―――――――――


『このあと時間は?―――――――今夜一晩、俺にくれないか』

 低い声が蘇る。それは私の体温を再び上昇させて、夜空に上っていく。

 どうするの?帰るなら、今しかない。会計にしては時間が掛かっているのは私に猶予をくれているのだろう。

 彼についていく?それとも一人で帰る?着いていけば―――――――それは勿論、抱かれるということだ。


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