pianissimo.
「もう平気? 怪我」

言いながら彼女は視線を落とす。つられて私も、あの時怪我をした膝上辺りを見た。

もう既に怪我をした痕跡すらなくて、なのにどうしてだかヒリリと痛んだ。



「えっと……お兄さんは……どう?」

そう尋ねたら、たちまち彼女は顔を曇らせる。



「トモの方? それともヒロの方……かな?」

「『ヒロ』さんの方」


『トモ』がライガだから、きっと『ヒロ』がお兄さん。もちろんライガのことも凄く気になるけど、重傷を負ったお兄さんのことも、ずっと気になっていた。



「ああ、もう元気過ぎて。看護師さんたちも困ってるぐらい」

くしゃりと顔を綻ばせて、彼女は笑う。その可憐な笑顔を見てホッと一安心。



「凄い汗っかきだから、着替えが全然足らなくて。これだからオヤジは嫌だよ」

彼女は冗談交じりに愚痴をこぼして、自転車の籠に無理矢理押し込んであった大きなスポーツバックを引っこ抜く。


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