待ち受けカノジョ。
急いで階段を駆け下りる。

辞めるって…

なんで急に?


父ちゃんの胸に飛び込む、ミナミさんの姿が頭をよぎった。



「ミナミさん!」

息を切らしながら名前を呼ぶ。

店の真ん中でたたずむミナミさんが、振り返った。

「ああ…順クン」

何事もないかのように、ニコッと微笑んだミナミさん。

「や、辞めるってホントですか!?」

「うん。家に戻って、両親がやってる美容院を手伝うことにしたの」


前に、田舎は九州だって聞いたことがある。


「お別れね…このお店とも、店長とも」


ミナミさんは、切ない表情で店の中をぐるっと見渡した。


やっぱり…

父ちゃんに告白したんだろう。


ミナミさんの恋は叶わなかったんだ。

オレは分かってたけど。



「そうだ!順クン。髪、カラーリングしようか?」

突然の提案に、オレはうなずいた。



ミナミさんの真剣な表情と、まばたき。

すばやく動く白く細い指先。

そして、ほのかな香水のかおりと、柔らかい息づかい。


こうやって、今まで何度も見た。

鏡越しに映る、ミナミさんを。


もう、これが最後…?


全部ミナミさん任せにしてきたオレが、初めて自分から注文したカラーは、ミルクティブラウン。


そう

ミナミさんの髪と同じ色。
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