影姫月蝶−カゲヒメゲツチョウ−
過去
轟々と燃え盛る炎の中、悲痛な叫び声が響きわたる。
「姫!お逃げ下さい!」
「若!早くこちらへ!」
使い達の声は柱や瓦の崩れ落ちる音で掻き消される。
「蝶!早く来い!」
まだ幼い私と兄様は炎の中を駆け抜ける。
「兄様…母様と父様は何処…?」
その時の私はまだ五つで煤だらけの顔で兄上に手を引かれながらも両親を探していた。
「蝶!今は此処から逃げるのが先だ!!」
兄様が必死に逃げようと私の手を引く。
「嫌ぁ!母様!父様ぁっ!」
私は恐怖と不安から燃え盛る炎の中駄々をこねた。
パシンッ!!
乾いた音が響く。
暫くして私は兄様に頬を叩かれたと理解する。
「父上とっ…母上にはすぐ会える…っ…だから…だから今は我慢しろ!」
兄様は泣きながら強い瞳で言った。
その時の私は兄様の涙の意味がわからず…
ただ生きるために走り抜いた。
言葉を発する事も無く…
ただ長い長い距離を…
生きるためだけに走る。
その時…
ブスッ!!
私の前を走っていた兄様はゆっくり崩れ落ちる。
「兄様…?」
駆け寄ると兄様の周りには血が滲んで来て…
「蝶…っ早く…行け!」
途切れ途切れの口調で言った。
「やだ…兄様っ!」
「早く!!」
兄様は私を弱い力で突き飛ばす。
「兄様ぁっ!」
「来るな!…っ…お前の顔など…見たくもない」
「!?」
「早く行け!」
私はただ涙を目にため走り出した。
「兄様ぁ…っ!」
決して振り向かず、戻らずに走り抜いた。
足が悲鳴をあげ血が滲んでもただ走った。
少し落ち着いた高台までたどりつくと私はゆっくり今来た道を振り返った。
城からは真っ暗な煙と真っ赤な炎が聳えていた。
「母様…っ…父様…兄様ぁっ…」
一人泣き叫ぶ。
「わぁぁぁっ!!!!」
そして…力無く倒れ込んだ。
意識が朦朧としたなか私は誰かに抱き抱えられていた。
「姫…よ…ご無事…で」
誰かはわからなかったけど私はなぜか安心して意識を手放した。
そこで私は目を覚ました。
「…夢…か…」