影姫月蝶−カゲヒメゲツチョウ−
優しく頭を撫で続ける輝将。
私は今まで姫だからと言って強がって来た。
〈甘えや情なんてない〉〈裏切り者への憎しみだけ〉
いくらそんな事を言っていたって今でも家族を思い出して悲しんでいる時だってある。
そして兄様はもしかしたら生きているのではないか、どこかにいるのではないかという甘えた考えだって出てしまう。
あんな事もう二度と起きてほしくない、忘れてしまいたい、と過去から逃げている自分だってある。
いくら姫と言えど所詮私は十五の女子供、何も出来なくて終いなのだ。
現に十年たった今裏切り者の手掛かりなんて一つもない。
そう考えると悲しみだけが沸き上がって来た。
「…っ…兄様…」
気付けば涙が溢れ止まらなくなっていた。
「姫…」
輝将はどこか切な気な顔をしていた。
「なんで…なんで私達が…父様達が何したって言うのよ…」
私は泣きながら言葉を紡いだ。
「強さがすべてのこの時代…理由なんてないのです」
輝将は遠くを見ながら答えた。
「私だって…殿の事を心から信頼していた…一生を誓った…」
輝将の声は震えていた。
「しかし…そんな殿はもういません…ならば私は殿からの授かりものを命を賭けて守り抜くと誓いました」
「授かりもの…?」
そんな話私は聞いていない。
私は輝将に聞いた。
「姫…貴方です」
輝将はこちらを振り向いて優しく微笑んだ。
「…私…が?」
「殿が亡くなる前に私は姫の事を守り抜けと命を受けました」
「父様が…」
そんな事知らなかった。
だからこそ父様を奪った者への憎しみは膨らむ。
輝将は私の肩に手を置き私の顔の高さまで屈んだ。
「ですから…貴方を一生守り抜きます」
輝将の目は強かった。
「姫を守る兵士として…姫のもう一人の兄として」
「だったら輝将も私と一つ約束をして」
「約束…ですか?」
「ええ…絶対に…死なないで」
輝将は驚いた様子でこちらを見ていた。
「輝将は私のもう一人の兄様でいてくれるのでしょう?…なら妹をおいて一人にしないで…」
私は真剣な顔で言った。