影姫月蝶−カゲヒメゲツチョウ−
「私は…姫を命を賭けて守ると決めたのです、ですからそのような事は…」
「ならばこれは命令にする」
私は強く言った。輝将は最初驚いたような顔をしていたがやがて微笑み優しく言った。
「兵士の分際で姫に逆らう事は出来ませんからね」
「なら…」
「ええ、約束しましょう」
輝将はにっこり笑って兵士の稽古に戻って行った。
初春の風がまだ冷たく、私は女中に連れられ自室に戻った。
部屋にいても特にする事なない。
ただ呆然としていても気が引ける。
ならば女中達の手伝いをしようと私は台所に足を向けた。
入口まで来ると女中の中でもよく私のところに世話係として来てくれる夭菜(オウナ)が居た。
「あら?姫様どうなさいましたか?」
夭菜はいつもながらのやわらかい笑顔で私を見た。
「部屋に居ても特にする事なんてないし…手伝いをしようと…」
「それなら私とご一緒に夕飯を作っていただけますか?」
私はにっこり笑って頷いた。
どうせ他の女中に当たっても、
「姫様、お手伝いだなんてお気を使わずに!」
なんて言われるのがわかっているし、夭菜とのお話は本当に楽しい。
二人でたわいもない話をしていると夭菜が急にマジメな顔をして声のトーンを下げた。
「姫様、北の都には近付かないでくださいね…」
いきなりどうしたものかと夭菜に顔を見合わせた。
「どうして…?何があったの?」
でも夭菜は口を閉ざして何も話してくれなかった。
「夜月之宮家の主の私にも言えないって言うの?…私が子供で非力だからなの?」
「いえっ…そんな…」
私は夭菜に詰め寄った。
「北の都に…おかしな人達が集まっていらっしゃると…」
「おかしな人?」
「ですから…通り掛かる人に銭を求めたり…」
夭菜は静かに話した。それにしてもおかしい、北の都は東、南、西、どこの都より裕福だったはずだ。
「どうして…おかしいじゃない!北は裕福で…」
「ですから…私達は誰かの仕業ではないかと…」
誰かの仕業…?裕福だった都を一変させられる程の力を持つ人なんて考えられない…。
「姫様、北の都では銭を求めて刀を振るう者もいるのです…」