蒼の王国〜金の姫の腕輪〜
‡〜耐えていたもの〜‡

問われた時に感じた視線は、良く知ったものだった。
優しく、慈しみを持った視線。
ああ、この人だったのかと思った時、自分でも思わぬ言葉が口から飛び出した。

『辛い…』

それは、今まで口にできなかった言葉。
口にしたら負けだと思った。
出してしまったら戻らない。
けれど、それが本心だった。

『…大丈夫です。
わたくしはお側におりますから…』

何を言われたのか分からなかった。

『貴女だけに覚えさせておく事はしません。
わたくしが一緒に覚えていますから、貴女一人に辛い思いはさせません』

大きく見開いた目から涙が溢れた。
こんなにも唐突に泣けるものなのかと自分でも不思議に思った。
予想できなかった。
真っ直ぐに見つめられて投げ掛けられた言葉は本心からのものだと分かる。
どれほど表情の変わらない者であっても、瞳の中の光は嘘をつかない。
今まで、記憶の事を話せば、気味悪がって目を反らす者が多かった。
唯一理解を示したのはラダとナーリス、クウル。
長く生き、多く見聞してきた者だからだと言う事もある。
そして、クルスも確かにその人種だった。
もしかしたらとは思っていた。
目を反らすのではなく、理解してくれる人だろうと予想していた。
けれど、告げられた言葉は想像できなかった。

『一人で耐えないでください』

そうしてゆっくりと目線を合わせるように目の前で膝をついた。

『辛い時は寄り掛かってくれば良いのです。
理解を示さない者も少なくはないでしょう。
けれど、少なくともわたくしは貴女の理解者でありたい。
貴女の支えになりたい』

そうして差し出された手が、頬を伝う涙を拭った。

『わたくしは貴女を決して一人にはしないとお誓い申し上げる』

そうして向けられた顔には、穏やかな笑みがあった。
初めて見た彼の無表情以外の顔は、誰よりも美しい微笑みだった。
それは衝動的なものだった。
まるで吸い寄せられるように彼へと一歩を踏み出し、勢いよく抱きついた。

『ッ…リュスナ様っ?』
『っごめんなさいっ。
でも、少しこのままっ…』
『…はい…』

そっと背中を包み込まれたと感じた時には、彼の胸で嗚咽を殺して泣いていた。

救われたと思った。

それと同時に、私は耐えていたのかと思い知った。
辛かったのだと言えた事で、ようやく何かから開放されるようだった。


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