蒼の王国〜金の姫の腕輪〜
‡〜想い深く〜‡

隣でふっと動く気配を感じて、慌てて体を起こすと、静かに歩いていくリュスナが視界に映った。
ちゃんと起きて動いた事に安堵し、その行き先を眼で追った。
真っ直ぐに歩いていく先に、昨日の子どもの遺体があると気づき、ゆっくりと自分も立ち上がった。

子どもに祈るリュスナの背後に静かに近づくと、その声が聞こえた。

「どうか…次は穏やかに笑えますように…」

リュスナは決して押し付けがましく『幸せに…』なんて事は昔から口にしない。
それは今も変わらないのだと知り、ほっとするのと同時に自分がとても矮小な者に感じた。
背を向けて祈るリュスナが遠い者の様に感じて、思わず声を掛けた。

「…リュスナ…」

それは傍にいる自分の存在を忘れないで欲しいと言う願いと、また自分の命を危険にさらしたリュスナへの苛立ち…静な怒りにも似た感情が言わせたものだった。

「…ラダ…怒っていますか…?」
「…分かってるなら聞くな…っ」
「はい…すみませんでした」
「ちがう…」
「?…」

そう違う。
俺は、謝らせたいわけじゃない。
傍にいながら、リュスナの命を危険にさらした事が不甲斐なくて…。
誰よりも大切な者を亡くす痛み…それを恐れている。
手の届く場所にいたとしても、容易くすり抜けていくリュスナに…恐怖したのだ。

「そう、違うわ☆
こう言う時は、『心配かけてご免なさい』よ◎」
「…はい…ご心配をおかけして……ご免なさい…」

確かにその言葉も欲しかった。
だが、本当に欲しい言葉はそれではない。
確約なんてものは存在しないから、言葉なんて意味のないものだと分かるのに欲している自分に驚く。
何もかも、リュスナが相手であるからこそ欲するものだ。

傍に居たい。
頼って欲しい。
笑顔が見たい。
抱き締めたい。
沢山の話をしたい。
愛したい。
そして…愛されたい。

長く生きてきて全て初めて抱いた感情だと言う事に照れ臭くなる。
俺はどうやってこれまで生きてきたのだろう。
リュスナに会って、生まれた時から目の前に垂らされた薄布を取り払われるのを感じた。
あの時、それまで何百年と生きてきて、ようやく世界が見えた瞬間だった。
その事を、リュスナが死んだ時、柄にもなくナーリスに話したのを覚えている。

『あんたも大人になったのね〜』

その時はイラッとしたが、確かにそう言えなくもないと後から思えた。


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