籠鳥~溺愛~
 ドンッ――。




 車のボンネットに何かが当たる衝撃。

 鏡哉(きょうや)ははっとして、左を確認していた視線をその音がした方向に向けた。

 左ハンドルの車の右側、助手席側のボンネットにその『何か』が乗っている。

 今は冬の18時過ぎ。辺りは既に闇に包まれ、鏡哉はすぐにはそれの正体を掴みきれない。

 ギヤをパーキングに入れサイドブレーキを引き車外へでると、ようやくそれが人間であることに気付いた。

 恐ろしいことに、その人間はぴくとも動かず、上半身をボンネットの上に突っ伏している。

(冗談だろ――、こっちは停車していただけだぞ……)

 内心頭を抱えて、鏡哉はその人物に近づいた。

「………」

(女子中学生……?)

 赤い色のダッフルコートを着たその人間はとても小柄で、スカートから伸びた足は折れるのじゃないかと心配になるくらい細い。

「君、大丈夫かい……?」

 万が一頭を打っていたらいけないと思い、華奢な肩に手を置いて小さく揺さぶる。

「………」

 少女は身じろぎもせずボンネットに突っ伏したままだ。

(どうしようか。取りあえず病院にでも運ぶか?)

 少女を前に腕組みをして考え込んでしまった鏡哉の後ろから、コツコツと革靴の足音が聞こえる。

 振り向くと鏡哉のマンションのドアマンが、心配そうにこちらへと歩み寄ってきていた。

「新堂様、そのお方はお知り合いですが?」

 いつも顔を合わせると挨拶くらいしかしない間柄だが、そのドアマンのことは見知っていた。

「いいや。気づいたら、こうだ……」

「実は私、一部始終を拝見していたのですが、このお嬢様はふらふら歩いていらしてご自分から新堂様のお車にぶつかられたようです」

「そうか。じゃあ打撲はなさそうかな」

 自分の過失ではないとほっと胸を撫で下ろした鏡哉は、もう一度少女に向き直りその顔を覗き込む。

 すると先ほどは気づかなかったが、すーすーと規則正しい寝息が聞こえてきた。

「……寝ているようだ」

「お嬢様、お嬢様!起きてください」

 お仕着せを着たドアマンが少女の両肩を軽く掴んで揺さぶったが、少女は一向に起きる気配がない。

「新堂様、私どもでお預かりいたしましょうか?」

 そう伺いを立ててきたドアマンに、鏡哉は頷こうとした。その時――、

 ぽろり。

 少女の瞼から一筋の涙が零れた。

「………」

 つきん。

 鏡哉の胸が何故か痛んだ。

 そして気づくと少女をその腕の中に抱き上げていた。

「新堂様――?」

 驚いた表情のドアマンを促し、助手席のドアを開かせる。

 そして驚くほど軽い少女をその助手席に乗せた。
< 2 / 41 >

この作品をシェア

pagetop