籠鳥~溺愛~
 うんうんと唸りながら宿題をこなしていると、ふと鏡哉の視線を感じた。

 顔を上げると鏡哉と真正面から目が合う。

「コーヒーでも入れましょうか?」

 そう尋ねると、珍しくぼんやりしている様子の鏡哉は首を振った。

「いや、勉強している美冬ちゃん、可愛いなあと思って――」

「え゛っ……?」

 ぼそりとこぼされた鏡哉のそのつぶやきに、美冬は変な声を上げてしまう。

 そして意外なことを口にした鏡哉自身も、はっと我に返ったようで少し苦々しそうな顔をして視線を逸らせた。

「………」

 二人の間に沈黙が落ちる。

(あれだな~、鏡哉さんて、本当に優しいんだ。家政婦にまでお世辞を言ってくれちゃうなんて)

 美冬はハハハと乾いた笑い声を上げて、再び宿題と格闘した。





(あぶないあぶない、心の声が外に出てしまった……)

 鏡哉は内心冷汗をかきながら、ちらりと勉強している美冬に視線を送る。

 彼女を見ていると飽きない。
 
 難しい問題の時は苦悩の表情、溶けたときはぱあと明るい表情と、めぐるましく変わる。

 まるでひとり百面相をしているようだ。

 それになぜか見惚れてつい口を滑らせてしまった。

 時計を見るともう22時を回っていた。

「美冬ちゃん、そろそろお風呂入ったら?」

 鏡哉はそう美冬を促したが「鏡哉さん、お先にどうぞ」と言われたので「背中流してくれる?」と問い返すと、美冬は文字通り真っ赤になった。

「ふ、冗談だ」

 鏡哉は笑いをかみ殺してバスルームに入った。

 久しぶりに掃除をしたことで凝り固まった肩を、広いジャグジーで揉み解す。

 自然と口元が綻ぶ。

 彼女がここに来てからの自分はよく笑うようになったと思う。

 どうしても小動物のようにくるくると動き回る美冬を観察していると、口元が緩むのだ。

(そうだ、まるで小動物――子猫やリスに近い)

 155センチあるのかと思うほどの背丈に、青白くも見える痩せた体。

 まだ発育途中なのだろう、凹凸の少ない胸や腰は、一歩間違えば中学一年生にも見えてしまう。

(まあ、ここで栄養たっぷりの食事と規則正しい生活をさせれば、普通の女子に成長するだろう)

 鏡哉の今の気分は『足長おじさん』というよりは『小動物の飼い主』だった。



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