籠鳥~溺愛~
 鏡哉のキス攻撃は一か月を経っても治まる様子がなかった。

 唯一の救いは、ファーストキスはまだ奪われていないことだった。

「はあ~~~」

 美冬はマンションの高級スーパーで買い物をしながら、ついつい大きく嘆息してしまう。

「ぷ、大きなため息」

 ふいに後ろからそう声を掛けられ、美冬はびっくりして後ろを振り向く。

「高柳さん! お久しぶりです」

「久しぶり、美冬ちゃん」

 そこに立っていたのは鏡哉の秘書の高柳だった。

 鏡哉と同じく180センチはある高柳は、上から覗き込むように美冬に尋ねる。

「ため息の原因は、社長?」

「え、ええまあ……」

「今度は何されたの?」

(う……さすがに高柳さんに「キスされて困っている」とは言えない)

 美冬はしょうがなく笑ってごまかす。

「どうせ社長の我儘につき合わされて困ってるんでしょ? 嫌なことされてるなら、嫌ってびしっと言わないとダメだよ」

「は、はあ」

(嫌……かあ。そこまで嫌なわけじゃないんだよねえ、困ったことに)

「鏡哉さんが普通の家政婦として私と接してくだされば、問題はないのですが」

 そうだ。普通の雇い主は家政婦にキスしたりしない。

「ああ、それは無理だよ」

「え?」

「だって、社長は美冬ちゃんにぞっこんだからね」

「ぞ、ぞっこん――」

 『子犬の飼い主』としたら確かにぞっこんなのかもしれない。

「あ、そういえば高柳さん、どうしてここに?」

「ああそうだった。今日社長、急に会合が入っちゃって。悪いけれどこれから借りていくよって美冬ちゃんに言いに来たんだ。美冬ちゃん、携帯持ってないでしょ?」

「はい。あ、では夕食いらないんですね」

「うん、一人にしちゃって悪いけれど、なるべく早く帰すから」

 高柳は少し申し訳なさそうな顔でそういう。

「滅相もありません。仕事を優先してください」

「はは、社長。美冬ちゃんと夕食食べる気だったから、ちょっと今ご機嫌斜めでさ。美冬ちゃんキスの一つでもしてやってくれない?」

「もう、高柳さんまで私をからかって!」

 高柳は美冬をからかうと、買い物袋を美冬から取り上げて、一緒に部屋へと戻った。

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