籠鳥~溺愛~
(……私はなぜ、こんなところにいるのだろう?)

 美冬はフォークとナイフを握りながら、自分の今おかれた状況に内心首をひねる。

 3時間前。

 学校が終わっていつものように真っ直ぐマンションへと戻ろうとした美冬の前に、鏡哉のベンツが行き先をふさぐように止まった。

「乗って、美冬ちゃん」

 少し急いだ感じにそう言われ、美冬は条件反射で急いで助手席に乗り込んだ。

 車はすぐに発進する。

「どうしたんですか、鏡哉さん?」

「ちょっと付き合ってほしいところがあるんだ、いい?」

「はあ、大丈夫ですが」

 特に理由を説明されずにつれて行かれた場所は、六本木ヒルズだった。

 駐車場に車を止めるとすぐさま手を引かれ、一軒のブティックの前に立つ。

「服、買われるんですか?」

「うん」

 ドアマンに開けられ中に入ると、シックな黒いスーツに身を包んだ女性店員達の視線が、一気に自分達に集まる。

 そりゃあそうだろう。

 六本木の一等地に立ち、ファッションに疎い美冬でも知っている世界的に有名なブランド店に、モデルのように完璧な鏡哉と、どっからどう見ても中学生にしか見えないセーラー服姿の美冬が入ってきたのだ。

 関係を詮索しないほうがおかしいというものだ。

 あまりにも自分にそぐわない場所に気後れして、美冬はとっさに下を向いてしまう。

 しかし鏡哉は気にすることなく店員に声をかけると、美冬の手を引いてどんどん奥へと入っていく。

 階上に連れて行かれると、そこはサロンになっているらしく、美冬達以外には客はいないようだった。

「連絡しておいたものを頼む」

 鏡哉がそう店員に言うと、美冬の前に一人の女性店員が立った。

「お嬢様、どうぞこちらへ」

(……? 鏡哉さんが買い物終わるまで、ほかの部屋で待ってるのかな?)

 美冬は促されるまま、扉の向こうへ向かう。

 そこは広いフィッティングルームのようで、鏡の前には一着の白いワンピースがかけられていた。

「背中のファスナーはこちらでお上げしますので、着替えられたらお声掛けくださいね」

 自分の置かれた状況が把握できない美冬は「はあ」と間抜けな返事をして、出ていく店員を見送る。

 パタン。

(って、「はあ」じゃないでしょ私! なんで私がこんな服着なきゃいけないのよ?)

 そこで美冬ははたと気づいた。

 鏡哉は美冬のために服を買って帰ってくることが頻繁にある。

 美冬のクローゼットはいつ着るんだと思うような、ワンピースなんかが溢れている。

 今回もそうなんだと合点がいき、美冬はフィッティングルームの扉を開こうとした。

 しかし――。

(ひ、開かない)

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