籠鳥~溺愛~
 くすり。

 頭上から笑い声が降ってきて、美冬は顔を上げる。

「下りないのなら、お姫様抱っこするけれど、いいの?」

 耳元でそうぼそっと囁かれ、美冬は声にならない悲鳴を上げた。

 足元には毛足の長いじゅうたん敷きの螺旋階段が続いている。

(ええい! どうにでもなれ!)

 美冬は磨き上げられた手すりに縋り付くように階段を降り始める。

 しかし履きなれないパンプスのため、どうしてもぐらぐらと心もとない。

「お手をどうぞ、お嬢様」

 手すりを掴んでないほうの手を取られそちらを見ると、鏡哉が楽しそうな顔でこちらを見ていた。

(もう、鏡哉さんからかい過ぎだから!)

 内心そう思って膨れながら、美冬は何とか階段を降り切り、案内された席へとついた。

 美冬は周りを見渡すが、ほかには客がいなかった。

「平日の夜だから、空いてるかと思ってね。実は上に個室があってそっちにしようかと思ったんだけど、ほら、女の子ってこういうロマンチックなメインダイニングのほうが好きでしょ?」

 鏡哉は渡されたメニューを見ながら美冬の疑問に答えた。

(ええと、できれば誰もいない個室のほうがよかったです……)

 美冬は意味の分からないメニューに目を白黒させながらそう思う。

(アミューズブッシュ? ラグー? スペッツレ? ペシューエベルラン?)

 聞きなれない料理名ばかりだったが鏡哉はさっさと頼んだ。

「この子にはペリエ。私はグラスのシャンパンと、あとワインリストを」

「あれ、鏡哉さん、車は?」

「代行頼むよ。せっかく美冬ちゃんとお出かけできたんだから、飲みたいし」

「そ、そうですか」

 美冬は結局まったく意味の分からなかったメニューをウェイターに返す。

 ソムリエらしき人が恭しくペリエとシャンパンを注いでくれる。

 コポコポコポ。

 ぱちぱちと弾ける泡に見惚れながら、美冬は口を開く。

「そういえば、鏡哉さんは家ではあまりお酒を召し上がりませんね?」

「いや、飲んでるよ」

「え?」

「美冬ちゃんが寝た後に、ウィスキーやワインを」

「気が付きませんでした」

 そう言われれば、食器洗浄機の中に使った覚えのないワイングラスやバカラのグラスがたまに入っていたような気がする。

「ほら、美冬ちゃんが起きてる時に飲んだら、なんかまずいでしょ」

「……? どうしてですか? 私は飲みませんよ?」
 
 

< 36 / 41 >

この作品をシェア

pagetop