真実の永眠
16話 帰路
 冷たい空気。凍える街、人。
 けれど、何処も彼処も流れるメロディで、浮き足立つ。
 そんな季節、そんな月。
 ――十二月。











 厳しい寒さが続く。纏うもの何一つ残っていないあの木々もまた、その身体を震わせているように見える。他の季節と比較すると、この季節は多くの色を失う。だからだろうか、眼前に広がる景色がこんなにも切なく見えるのは。
 私は、白いマフラーと白いコートに身を包んだ格好で、家へと続く道を一人で歩いていた。寒さに身体を震わせながらも、目に映る景色や街並みに、心を躍らせていた。
 大好きな季節、冬。
 毎年冬が訪れると、嬉しくなり、他の季節よりも外に出たくなってしまう。春や秋を好む人は非常に多いが、冬が一番好きだと言うのは、周りには自分しかいなかった。
 ――そういえば。
 そういえば、優人は春が一番好きだと言っていた。それを思い出す。優人らしいな、そう思った事も同時に。
 優人は、暖かな春。そして、その陽気の中に広がる、青く澄み切った空。
 そんなイメージ。
 空を仰いだ。
 優人って何だか空みたいだね、って私が言うと、初めて言われたって機械越しに笑っていたっけ。そしてこうも言った。
 ――雪音は花か雪って感じかな。
 って。
 花か、雪。
 どんなイメージを浮かべてそう言ったのかは、何も聞かなかったから分からないけれど、何故だか凄く嬉しくなった。
 何でそのイメージなの? って聞いても、彼ならきっと、否、間違いなく『何となく』って言うだろう。
 空に向けていた視線を、綺麗に整備された地面に移す。見上げていた所為で足元がふらふらとして来たからだ。
 そして一旦途切れた思考をまた想い起こす。
 イメージする色は。
 優人は白か水色だ。出会った時から今もそれは変わらない。
 色にはそれぞれ意味があるらしい。水色には“綺麗”そんな意味があるらしい。
 イメージされた色で相手にどう想われているか分かる! なんて書いてある、とある雑誌で読んだ事があった。白色は載っていなかったが、“純粋”とか“清らか”とか、そんなイメージを自分は持っていたから、優人にそう言った事がある。
 優人って色で例えると、白か水色って感じするよねって。それも初めて言われたって、そう言ってまた笑ってた。
 それを思い出しながら、私は僅かに笑みを浮かべた。
 車が横を何台か通り過ぎて行く。もしこんな顔を見られでもしたら、自分は変人扱いだな、なんて呑気な事を考えながら、その緩んだ頬を引き締める事はしなかった。
 地面を見ていた顔を上げて前方を見やる。家までの道があとどれくらいなのかを確認する。
 まだ、着かない。
 また空を仰ぐ。
 今度は一旦足を止めて、30秒程。
 近い距離に、優人はいない。だけどこうやって空を見上げれば、それでも近くに感じる事が出来て嬉しくなる。優人が空のような人だからだろうか。
 足を踏み出して、また歩き出す。
 優人。
 思考する、またその人物についてを。
 ――雪音は白かピンクって感じする。
 そう言われてすぐに本を見て、ピンクのイメージを確認した。ピンクピンク……そう呟きながら、文字を人差し指で辿って行き、目的の色に到着した。
 ――――“可愛い”。
 ピンク色とイメージされたあなたは、愛しの彼に、そう思われているかも!? だって。雑誌の編集者の声まで書かれていた。
「ふふ……」
 人気の無い帰り道。
 人がいないのをいい事に、今度は思い切り声に出して笑ってしまった。
 その事実が別に可笑しい訳じゃない。その意味を知った時に自分がどれだけ喜んだのかを思い出して笑ってしまったのだ。あれは凄く嬉しかった。
 そんな事を考えながら、また前方を見る。
 いつの間にこんなにも歩いたんだろう。もう少しで家に到着する。
 優人の事を考えると、時間があっという間に過ぎて行く。家にいても学校にいても仕事をしていても。
 実際には優人に可愛いなんて言われた事は無い。実際に口に出して言われても、正直あまり嬉しくはないから、言われなくてもいいけれど……思われては、みたいよね。
 その本の書いてある事が真実で、優人が内心そう思っていてくれたなら、どれだけ嬉しいだろう。
 私の好きな色にピンクは無かったので、その言葉には驚いたけれど。でもそう言われてから、意識してピンクのものを集めるようにもなった。好きな色でもなかったけれど、嫌いな色でもなかったので。
 なんと単純なことだろう。
 そういえばピンクのコートも、優人にそう言われてから買ったものだったと思い出す。今日は着ていないけれど。
 そうやって優人の言葉に左右されてしまう自分は、何だか意志のないつまらない人間に思わなくもなかったが、それでも譲れないものもある。
 例えば。
 例えば、優人の好みの女の子。
 以前聞いた事がある。しかも本人に。
 正直意外だった。正直と言うかはっきり言って信じられなかった。
 彼は、妹系のギャルっぽい子が好きかな。そう言っていた。髪型はショートが好き、続く言葉はそれだった。
 意外過ぎて吃驚はしたけれど、すぐに納得した。恐らく今付き合っている彼女の事を言っているんだろうと、瞬時に理解出来たから。
 その彼女の髪型がショートなのかまでは、私には分からなかったけれど。興味もない。
 私の髪型はロングで、それにギャルっぽくもない。それには程遠い外見をしている。このままが一番好きだから、優人がショートで派手な子を好んでいても、それを変える気は無かった。



 いつの間にこんなに歩いたのだろうか。
 顔を上げて見た景色は、家まで後数分の所だと知らせている。
 帰り道、いつも考え事をするけれど、景色を眺めたり空を見上げたりもするのだけれど、一番に浮かぶのは、一番にこの目に映したくなるのは、いつも優人だ。
 こんなにも好きなんだと気付かされる。
 帰り道、いつもこんな事ばかりを考えている、私です。
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