真実の永眠
そわそわ、どきどき、わくわく。
こんな幸せな感情を胸に抱きながら、時計の針が時を数えるのを、静かに待っていた。
二十一時まで、あと五分。
熱で熱くなった身体をベッドから起こし、無意味に窓の外を眺めたり、観もしないテレビを点けて気持ちを紛らわせたりと、ずっと落ち着かなかった。
どうしよう、緊張する。
優人の携帯番号は知っていた。メールを始めてすぐの頃、掛けもしないのに聞いた事があったから。
何度も電話帳を開いて、優人の番号を見た。まだ時間は来ないのに、掛けると思うとそれだけで緊張してしまう。
声。
優人の声。
どんな声を、しているのだろう。イメージ通りの声なのだろうか。それとも、意外に思う声なのだろうか。
何を話そう? 以前優人は、話すのは苦手と言っていたから、もしかしたらあまり会話は弾まないかも知れない。自分だって話すのは苦手だから。
私はベッドに戻り、また布団の中に入った。布団に包まっていれば、そのままでいるより遥かに体調にはいいだろう。
そう思い、座ったままの状態で上から布団を被り、ベッドの上で体育座りをした。
握り締めていた携帯電話で、時間を確認する。
「――あ」
二十一時、丁度。
けど、ピッタリに掛けるのは凄く待っていたのが伝わる気がして、気恥ずかしい。なので、もう二・三分過ぎてから掛ける事にした。
「……はー……緊張する……」
沈黙が続いてつまらない思いをさせてしまったらどうしよう……話していて楽しくない子、そう思われたら……その可能性は大いに有り得る。
不安だ。けれども、何より話せる事が嬉しかった。
ほんの少しだけ、私達は進展したのかな。そう思うと、凄く嬉しかった。
再度携帯電話を開いて、優人の電話番号を画面に表示した。
――時間だ。
発信ボタンを押す手が震える。どうしよう、押したら繋がってしまう。待ってくれているだろうか、電話の向こうで。
バクバクと鳴る心臓が煩わしい。寒さと緊張で身体が慄く。――どうしよう。
なかなか押せない「発信」ボタン。けれど、こうして迷っている時間が勿体無い。早く掛ければ、それだけ長く話が出来るかも知れない。
勇気を、――出して。
私は震える手で、発信ボタンを押した。
電話を右耳に当てて、優人に繋がるまでのコール音を、鳴り止む事のない煩い心臓の音と共に聞いた。
「……」
ゴクッと唾を飲み込む音が、妙に響く気がした。
「……」
静かな部屋。コール音が響く。
『――もしもし』
「……!」
五コール程鳴って、電話が繋がる。
優人に、繋がる。
「……も、もしもし……」
『……もしもし』
「……うん。……もしもし」
もしもしばかりで会話が進まないこの状況に、少しだけ笑ってしまった。それが聞こえたのか、電話の向こうで優人も笑ったのが分かった。
笑ってくれてる……嬉しい……。
お互いが笑った事で、温かく優しい雰囲気になり、少しだけ緊張が解れた。
「あの、……雪音です。……何か、してた? 忙しくしてなかった……?」
『うん。今は部屋でごろごろしてた』
「そうなんだ」
『うん』
続かない会話。どうしようと考えているこの間が、どうしても沈黙になってしまう。
けれど、何故だろう。嫌な沈黙じゃない。緊張はするけれど。
この沈黙にまた、お互いが笑ってしまった。
「何か話題……ない?」
そう言って笑いながら無責任に相手に振ると、
『え、いきなり俺?』
そう言って優人は、笑ってくれた。それに対して私も笑うと、いつもメールで話している感覚を思い出し、次の言葉が自然に出て来た。
「ふふ、ごめん。何話したらいいのか分からなくて。……てか風邪ひいちゃった」
『そうなの? 大丈夫?』
少し驚いたのか、優人は心配そうに尋ねて来た。
「うーん、多分大丈夫」
大丈夫ではないが、心配掛けるのも電話を終わらせるのも嫌だったので、曖昧にそう答えておいた。
優人の声は、どちらかと言うと高めの声だった。低く通るような声ではない。風のようにさらさら流れる、優しい声だった。
けれども、女々しく頼りない感じではない。
何で何もかもが理想なのだろう。全てがイメージ通りで、全てが私にとって理想だった。
お互いに少しずつ普通に話せるようになって来て、今はもう殆ど緊張せずに話せるようになって来ていた。
時刻は二十一時四十五分を過ぎた所だ。
『――風呂はもう入った?』
一つの話題が落ち着いて、私が黙っていると、不意に優人がそう尋ねて来た。私がもしまだ入っていなければ、あまり長話は出来ないと思ったのだろう。
「うん、入ったよ。優人は?」
『俺ももう入った』
それに対して「そうなんだ」と軽く返したが、その言葉が、その行動が。何だか、ゆっくり電話出来るようにと思っての行動に思えて、凄く嬉しくなった。
この時間が、とても幸せで、大切で――。
思わず自分に熱があるのだと忘れそうになるが、体調は悪化しているらしく、咳まで出始めてしまった。咳き込んだ私に、
『しんどい? 大丈夫?』
と、優人は心配そうに尋ねてくれたので、それがたまらなく嬉しかった。
けれどしんどくないとも言えず、
「ちょっとしんどいけど、まぁ大丈夫」
そう答えると、
『……本当に大丈夫? しんどいなら電話止める?』
身体を気遣い過ぎてそんな事を言うものだから、電話だけは止めたくない! そう思い、その気持ちをストレートにけれど短く、はっきりと告げた。
「――やだ!」
それを聞いた優人は、電話の向こうで、笑ってくれた。
微笑んで、くれた。
それからも途中途中大丈夫かと尋ねて来る優人に、ただ大丈夫と返し、私達はそれからもずっと話をしていた。
他愛の無い、普通の会話。
クリスマスが近いから、自然にその話になった。
「私雪が好きだから、ホワイトクリスマスになって欲しいなぁ……」
そう言うと、
『今年は雪降らないのかな?』
優人はそう言った。
「今年初雪もまだだよね……雪が降らないと冬って感じしない」
そう言って私が笑うと、優人も笑ってくれた。
『……クリスマスの予定は?』
「一日中バイトだよ。この時期忙しいから……」
『ああ、そっか。俺も部活があるなぁ』
そんな事を話していた。
冬休みに入るのに、お互いに忙しくて。
それでも頑張っていけるのは、きっと優人がいてくれるからだ。
おやすみ、そう言って、今日は電話を終えた。
一体どのくらい話していたのだろうかと時計を見上げると、時刻は二十二時三十五分を指していた。
一時間半近く話していた事になる。
楽しかった。嬉しかった。幸せだった。
話すのが苦手だって言っていたから、質問に対しての返事くらいしかしないのかと思ったけれど、意外に話す。自分も、普通に話せたと思う。
普段男の子とは全然話さない。ましてや好きな人ともなると、今までは緊張して話せなかった事が多く、楽しさを求める男の子には、つまらないと思われる事もあった。
優人と普通に話せた事が嬉しかった。しかも、嫌われないように頑張って沢山話そう! と意気込まなくても、自然と話せた。勿論、気持ちが冷めたからでは決して無い。
それが凄く嬉しくて、同時に、優人への感謝の気持ちが、溢れてきた。
悪化した風邪で、ダウン寸前の身体をベッドに沈ませて、最後にもう一度メールを送った。
<今日は電話ありがとう。話せて嬉しかったし楽しかったです。それじゃあおやすみ>
そう送って、もう寝ようと携帯電話を枕元に置いた。
今日はまだクリスマスではないけれど、何だかクリスマスプレゼントを貰ったかのように、嬉しくて幸せだった。幸せ過ぎて苦しくなるくらい、幸せだった。
こんな幸せな感情を胸に抱きながら、時計の針が時を数えるのを、静かに待っていた。
二十一時まで、あと五分。
熱で熱くなった身体をベッドから起こし、無意味に窓の外を眺めたり、観もしないテレビを点けて気持ちを紛らわせたりと、ずっと落ち着かなかった。
どうしよう、緊張する。
優人の携帯番号は知っていた。メールを始めてすぐの頃、掛けもしないのに聞いた事があったから。
何度も電話帳を開いて、優人の番号を見た。まだ時間は来ないのに、掛けると思うとそれだけで緊張してしまう。
声。
優人の声。
どんな声を、しているのだろう。イメージ通りの声なのだろうか。それとも、意外に思う声なのだろうか。
何を話そう? 以前優人は、話すのは苦手と言っていたから、もしかしたらあまり会話は弾まないかも知れない。自分だって話すのは苦手だから。
私はベッドに戻り、また布団の中に入った。布団に包まっていれば、そのままでいるより遥かに体調にはいいだろう。
そう思い、座ったままの状態で上から布団を被り、ベッドの上で体育座りをした。
握り締めていた携帯電話で、時間を確認する。
「――あ」
二十一時、丁度。
けど、ピッタリに掛けるのは凄く待っていたのが伝わる気がして、気恥ずかしい。なので、もう二・三分過ぎてから掛ける事にした。
「……はー……緊張する……」
沈黙が続いてつまらない思いをさせてしまったらどうしよう……話していて楽しくない子、そう思われたら……その可能性は大いに有り得る。
不安だ。けれども、何より話せる事が嬉しかった。
ほんの少しだけ、私達は進展したのかな。そう思うと、凄く嬉しかった。
再度携帯電話を開いて、優人の電話番号を画面に表示した。
――時間だ。
発信ボタンを押す手が震える。どうしよう、押したら繋がってしまう。待ってくれているだろうか、電話の向こうで。
バクバクと鳴る心臓が煩わしい。寒さと緊張で身体が慄く。――どうしよう。
なかなか押せない「発信」ボタン。けれど、こうして迷っている時間が勿体無い。早く掛ければ、それだけ長く話が出来るかも知れない。
勇気を、――出して。
私は震える手で、発信ボタンを押した。
電話を右耳に当てて、優人に繋がるまでのコール音を、鳴り止む事のない煩い心臓の音と共に聞いた。
「……」
ゴクッと唾を飲み込む音が、妙に響く気がした。
「……」
静かな部屋。コール音が響く。
『――もしもし』
「……!」
五コール程鳴って、電話が繋がる。
優人に、繋がる。
「……も、もしもし……」
『……もしもし』
「……うん。……もしもし」
もしもしばかりで会話が進まないこの状況に、少しだけ笑ってしまった。それが聞こえたのか、電話の向こうで優人も笑ったのが分かった。
笑ってくれてる……嬉しい……。
お互いが笑った事で、温かく優しい雰囲気になり、少しだけ緊張が解れた。
「あの、……雪音です。……何か、してた? 忙しくしてなかった……?」
『うん。今は部屋でごろごろしてた』
「そうなんだ」
『うん』
続かない会話。どうしようと考えているこの間が、どうしても沈黙になってしまう。
けれど、何故だろう。嫌な沈黙じゃない。緊張はするけれど。
この沈黙にまた、お互いが笑ってしまった。
「何か話題……ない?」
そう言って笑いながら無責任に相手に振ると、
『え、いきなり俺?』
そう言って優人は、笑ってくれた。それに対して私も笑うと、いつもメールで話している感覚を思い出し、次の言葉が自然に出て来た。
「ふふ、ごめん。何話したらいいのか分からなくて。……てか風邪ひいちゃった」
『そうなの? 大丈夫?』
少し驚いたのか、優人は心配そうに尋ねて来た。
「うーん、多分大丈夫」
大丈夫ではないが、心配掛けるのも電話を終わらせるのも嫌だったので、曖昧にそう答えておいた。
優人の声は、どちらかと言うと高めの声だった。低く通るような声ではない。風のようにさらさら流れる、優しい声だった。
けれども、女々しく頼りない感じではない。
何で何もかもが理想なのだろう。全てがイメージ通りで、全てが私にとって理想だった。
お互いに少しずつ普通に話せるようになって来て、今はもう殆ど緊張せずに話せるようになって来ていた。
時刻は二十一時四十五分を過ぎた所だ。
『――風呂はもう入った?』
一つの話題が落ち着いて、私が黙っていると、不意に優人がそう尋ねて来た。私がもしまだ入っていなければ、あまり長話は出来ないと思ったのだろう。
「うん、入ったよ。優人は?」
『俺ももう入った』
それに対して「そうなんだ」と軽く返したが、その言葉が、その行動が。何だか、ゆっくり電話出来るようにと思っての行動に思えて、凄く嬉しくなった。
この時間が、とても幸せで、大切で――。
思わず自分に熱があるのだと忘れそうになるが、体調は悪化しているらしく、咳まで出始めてしまった。咳き込んだ私に、
『しんどい? 大丈夫?』
と、優人は心配そうに尋ねてくれたので、それがたまらなく嬉しかった。
けれどしんどくないとも言えず、
「ちょっとしんどいけど、まぁ大丈夫」
そう答えると、
『……本当に大丈夫? しんどいなら電話止める?』
身体を気遣い過ぎてそんな事を言うものだから、電話だけは止めたくない! そう思い、その気持ちをストレートにけれど短く、はっきりと告げた。
「――やだ!」
それを聞いた優人は、電話の向こうで、笑ってくれた。
微笑んで、くれた。
それからも途中途中大丈夫かと尋ねて来る優人に、ただ大丈夫と返し、私達はそれからもずっと話をしていた。
他愛の無い、普通の会話。
クリスマスが近いから、自然にその話になった。
「私雪が好きだから、ホワイトクリスマスになって欲しいなぁ……」
そう言うと、
『今年は雪降らないのかな?』
優人はそう言った。
「今年初雪もまだだよね……雪が降らないと冬って感じしない」
そう言って私が笑うと、優人も笑ってくれた。
『……クリスマスの予定は?』
「一日中バイトだよ。この時期忙しいから……」
『ああ、そっか。俺も部活があるなぁ』
そんな事を話していた。
冬休みに入るのに、お互いに忙しくて。
それでも頑張っていけるのは、きっと優人がいてくれるからだ。
おやすみ、そう言って、今日は電話を終えた。
一体どのくらい話していたのだろうかと時計を見上げると、時刻は二十二時三十五分を指していた。
一時間半近く話していた事になる。
楽しかった。嬉しかった。幸せだった。
話すのが苦手だって言っていたから、質問に対しての返事くらいしかしないのかと思ったけれど、意外に話す。自分も、普通に話せたと思う。
普段男の子とは全然話さない。ましてや好きな人ともなると、今までは緊張して話せなかった事が多く、楽しさを求める男の子には、つまらないと思われる事もあった。
優人と普通に話せた事が嬉しかった。しかも、嫌われないように頑張って沢山話そう! と意気込まなくても、自然と話せた。勿論、気持ちが冷めたからでは決して無い。
それが凄く嬉しくて、同時に、優人への感謝の気持ちが、溢れてきた。
悪化した風邪で、ダウン寸前の身体をベッドに沈ませて、最後にもう一度メールを送った。
<今日は電話ありがとう。話せて嬉しかったし楽しかったです。それじゃあおやすみ>
そう送って、もう寝ようと携帯電話を枕元に置いた。
今日はまだクリスマスではないけれど、何だかクリスマスプレゼントを貰ったかのように、嬉しくて幸せだった。幸せ過ぎて苦しくなるくらい、幸せだった。