真実の永眠
18話 意味
 ――――……から。
 それは、今思えば、彼なりの――……













「うわぁ……綺麗……!」
 瞳に映し出されたのは、光、光、光。
 見渡す限り、光で埋め尽くされて、この地は光り輝いている。
 私は今日、兄と、妹の夕海と、兄の友達と四人で、イルミネーションを見に来ていた。
 何が悲しくてこのメンバーで行かなければならないのだろうと、みんな口々に愚痴っていた。実際こうして来てみると、来る前よりも余計にそう思わせられて、……虚しくなる。
 けれどこの美しい世界に魅せられて、感動のあまりそんな言葉が出た。光り輝くクリスマスツリーに、階段に、木に、鐘に、そして恋人達の為にある光のロード。
「綺麗だなぁ……ねっ」
 そう言って隣の夕海を振り返ると、やはり夕海も感動しているのか、辺りを見渡しながら感嘆の声を漏らしていた。
「うん、めちゃくちゃ綺麗」
「……それにしても、」
 忙しかったクリスマスも過ぎ、少しだけ落ち着いた今の時期、そんなに人は多くないだろうと思っていたのに。
「……人、多いね」
 家族連れで来ている人もいれば、私達のように兄妹、友達で来ている人もいる。が、やはりカップルが多い。
 それを見ていた私は、その光景が凄く、羨ましく感じた。
 優人と一緒に来られたらいいのに。
 そう思い、何だかここにいる事が切なく感じてしまった。
 けれど、折角来たからには楽しみたい。あちらへ行ってみようと夕海を連れて見て回った。因みに、兄とその友達は別の所を見て回っている。
 私達は階段を上った。そのすぐ傍に、人が群がっているのに気が付いた。
「あれ何だろ?」
「さぁ」
 夕海に聞いてみたが、初めて来たのだから夕海が知る筈はない。
 そこに近付いてみる事にした。近付いてみて、列を作って並んでいるのだと知れた。
「お姉ちゃん、」
「ん?」
 呼ばれて振り向くと、何かを見付けたらしい夕海が、こちらも見ずに手だけを向けてちょいちょいと手招きしている。傍まで寄ると、看板を見ている事が分かった。
「ここの鐘を鳴らしてお願い事すると、願いが叶うんだって」
 その看板を読んでみると、夕海の言葉の通り、そう書いてあった。
「へー。だからさっきから鐘の音が鳴ってたんだね。……私もやろうかな」
「うん、やってみたら?」
「夕海は?」
「しようかな」
 そんなやり取りをして、列に並ぶ事にした。
 自分達の番が来るまでの間、この風景を、携帯電話で撮影していた。角度を変えて撮ったり、身体の向きを変えたら同時に変わる景色を、その度に撮ってみたり。
 その中で一番綺麗に撮影出来たものを、優人に見せてあげようと思った。
 番が回って来ていよいよ鐘を鳴らす時が来た。最初に夕海が鳴らして、次に私が鳴らして。
 それぞれの願いを心の中で呟いて、必死にその願いを天に届けた。



 ――優人へこの想いが、届きますように。





 そこから少し歩いた所に、またも看板がある事に気付いた。
 今度はそれに私が近付き、看板を読む。
「……この道を恋人と歩くと、幸せになれる……だって」
「……へー」
 どうでも良さそうな夕海の返事と、隣にいるのが恋人ではなく男でもないただの妹というこの現実に、私は苦笑した。
「……何でこの道を夕海と歩いてるんだろう……」
 そう言ってわざとらしく大きく溜息をついた私。
「まぁそう言わずに。……でもあれよりマシだよね……」
 笑いながらそう言った夕海の視線の先には、自分達の兄とその友達が、この道のもっと先を歩いている光景があった。
「……確かに」
 それを見て私も笑ってしまった。
 彼女持ちであるのにああして男友達とこんな道を歩いているあの二人の方が、余程虚しいだろう。
「まぁお互いに彼氏が出来て、ここを歩けたらいいね」
 私は優人の姿を思い浮かべながら、それを口にした。



 一通り回って、最後に大きなツリーを撮影した。
 車に戻り、私は後部座席の運転席側に座る。
 兄が運転席に座り、帰るぞ? なんてみんなに確認を取りながらゆっくりと車を発進させた。動き出したそれの中で、光に溢れる幻想的な光景を、目に焼き付けるようにずっと見つめていた。
 家に到着するまで一時間は掛かる。
 携帯を両手で抱えるように持ちながら、先程撮影した画像を見ていた。優人に送る画像を選んでいるのだ。
「ねぇねぇ、」
 声を掛けながら、画面を隣に座る夕海に向けた。
「ん?」
「この画像を優人に送ろうと思うんだけど、これでいいと思う?」
「いいんじゃない? 見易いし綺麗だし」
 画面を覗きながら夕海はそう答えた。
「じゃあこれにしよ」
 私は早速電話帳の“優人”を開いて、メールを作成する。
<今日T市のイルミネーション見に来たんだけど、画像送るね。来た事あったらごめんね>
 本文にそう書いて、画像を添付し、メールを送信した。
 イルミネーション。
 優人と来る事が出来たなら、どんなに嬉しいだろう。鳴らしたあの鐘、願い事はいつか叶うのだろうか。
 ……あんなもの、本当はただの気休めなんだって知っている。それでも、“あんなもの”でも信じたくなる、願いたくなる、縋りたくなる。
 そんな事を考えながら窓の外を見ていると、手にしていた携帯が優人からの返信があった事を、音を奏でて伝えて来た。
<画像ありがとう。めっちゃ綺麗だなぁ。イルミネーション見に行った事ないなぁ>
 幼い頃にでも家族と来た事があるのかと思ったのだが、どうやらそうではなかったみたいだ。だとしたら画像を送って正解だった。ここ来た事あるよーなんて言われたら、ちょっぴり寂しい。
<綺麗だよね、画像じゃ分かりにくいかも知れないけど、実際に見るともっと綺麗だよ。もし行けたら行ってみて>
 それは何気なく。ただ、本当に綺麗で感動したから、誰と、なんて考えていた訳じゃなかった。別に友達同士でだって行こうと思えば行けるので。イルミネーションは恋人同士で来るものだと、決められているものでもなかったし――……。
 優人からまた返信があったので、それを開く。



<ムリムリ! 俺ん家から遠いし。てか行く人いないから>



 意味が、分からなかった。
「……え……?」
 行く人いないって……どういう……?
 そして一瞬、浮かんだ。
 ――彼女、は……?
 小さく漏らした声が聞こえたのか、夕海がどうしたの? と尋ねてきた。それでも携帯の画面を見つめたまま何も言わない私に、夕海は怪訝な表情で、もう一度どうしたのと尋ねてくる。
 私は「え、あ……」と言葉を濁しながら、優人からのメールを夕海に見せた。
「……こう、来たんだけど……これ、どういう意味?」
 夕海は張り付かせていた怪訝な表情を、もっと深いものにした。
「……この人彼女いるんだよね? 別れたって事?」
 未だに画面を見つめながら、夕海は私に向かってそう言った。
「……さぁ……、て事になるのかな……?」
「彼女は? って聞いてみればいいじゃん」
「……う、ん……そうだね。でも何か彼女の話は出さない方がいい気がする……」
 夕海の言った通りにすれば良かったのかも知れない。けれど、二人の間に“彼女”という存在はない方がいい気がした。
 今までだって、その話題を出した事はお互いに一度も無い。
 好きなのは優人だ。優人だけだ。彼女がいてもいなくても、ただ“桜井優人”という存在が大切で大好きだから、そう想う気持ちに、“彼女”なんて必要ない。関係ない。
 それは、別れて欲しいんじゃなくて、邪魔をしたい訳じゃなくて、ましてや奪いたいなんて事でもなくて。
 彼女を想っている優人ごと、大好きなのだ。
 だから――。
 優人のその言葉が何を意味していたって、最後まで彼女について、何も聞かない、何も言わない、知ろうともしない。
 私は、そう決めていた。
 ――それが。それが今まで、一度も話題に出さなかった理由だ。
「……まぁ、お姉ちゃんが聞かないなら聞かないでいいんじゃない?」
「冷たいなぁ……」
 苦笑しながらそう言うと、夕海も同じように苦笑した。



 それからやはり言葉の意味は聞かず、それに合わせるように返事をした。
<じゃあ私と行く?笑>なんて冗談で返すと、<いいよ(笑)>と、冗談で返して来た。しかし、やはり遠いから無理なんだと、それにしっかりと付け加えられてはいたが。
 結局行ける事にはならなかったけれどこんな風に冗談を言い合える関係にまでなれた事が、たまらなく嬉しかった。
 ――行く人いないから。
 それは、今思えば、彼なりの――……。
 彼なりの、精一杯の、意思表示だったのかも知れない。
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