真実の永眠
20話 希望
この地域は、四季がとてもはっきりしている。日本は元々そういう国だが、特にここはそうなのだろう。
けれど、温暖化の影響で、今年の冬は暖冬なのだとニュースキャスターが日本全国に告げていた。
だから今年は、雪が少ない。
降るには降った。けれど今年の初雪は、一月の中旬を過ぎてからと、例年よりも遅かった。
今はもう二月を過ぎていて、流石にこの時期だと毎日ちらちらと降っている。ここは本来雪が多い地域だから、毎年三月の下旬頃まで雪は残っている。
だから、これからまだ、降るだろう、積もるだろう。
もっと、降ればいい。でも、もう降らない方がいい。
……心を冷やしてしまうなら。
外へと向けていた視線を外して、ベッドに腰掛ける。
私は最近の出来事を、思い返す。
*
二月に入ってすぐの頃、麻衣ちゃんとバレーの試合観戦に行った。
全国大会出場を賭けた熱い戦いが繰り広げられていたが、T校は圧倒的な強さでどんどん勝ち進んで行った。
苦戦したのはやはり決勝戦でのS校との試合だけではないだろうか。
S校との決勝戦は、一ゲームを取られはしたが、二ゲームともT校が勝利し、全国大会への切符はT校が手にした。
試合が終わると、部員全員が監督の元へ行き、胴上げをしていた。照れてぶっきらぼうに言葉を紡ぎながらもどこか嬉しそうな監督を見ていると、その光景はとても微笑ましいものだった。
その日は、とっても嬉しい一日だったと思う。
T校は優勝し、全国大会へと出られるんだ。そしてその試合に、優人はまた出る事が出来た。
彼の他にも控えはいた。けれど控えのまま試合に参加しない選手もいた中、優人が出られたのだから。
それを見られて、本当に幸せだった。
特にその試合、人目も憚らず心置きなく応援出来たから、余計に嬉しかった。
理由は、試合の前日に麻衣ちゃんから聞かされた事が、関係している。
――――前日。
麻衣ちゃんから電話が掛かってきた。
「もしもし」
私は、読んでいた雑誌を、裏返しのまま傍に置いた。
『雪音ちゃん? ごめんねいきなり電話して』
電話の向こうから聞こえて来る声は、何だか妙に明るく感じた。いつもが暗い訳ではないんだけれども。
「ううん、いいよ」
『今大丈夫?』
「うん。……どうしたの?」
こちらの都合を伺う麻衣ちゃんというのも何だか珍しく、妙に緊張して身構えてしまった。
『昨日学から聞いたんだけど……あ~でも、もしかしたら雪音ちゃんはもう知ってるかも、』
「え、何?」
『桜井さん、』
優人?
その名前が出て来た所為か、電話を耳に当てる力が無意識に強くなる。その先を聞き逃すまいと、必死に黙りこくっていた。
『彼女と別れたらしいよ』
「……え……?」
驚きのあまり、そんな声しか出て来なかった。
優人が別れた……? 何で、どうして……?
――行く人いないから。
……じゃああの言葉は、本当に彼女がいない事を表していたの?
そういう意味かも知れないとは思った。でもまさか本当にそういう意味だとは思わなかった。では、あの時既に別れていたと言うのだろうか。
「――――……」
『……あれ? 雪音ちゃん? もしかして知らなかった?』
電話の向こうから声がしない事を不思議に思い、けれど初めて知ったのだと、それで驚いているのだろうと瞬時に理解したであろう麻衣ちゃんが、そう声を掛けて来た。
「……え、あ、うん……。知らなかったと言えば知らなかったんだけど、前に優人がそんなような事言ってたから、何となくそうなのかなとは思ってたんだけど、まさか本当に別れてるとは思わなかった、から……ビックリだった」
『あ、そうなんだ。その後学が、「今フリーだから狙えるじゃん」って言ってたよ』
「狙えるって……。いつ、別れたか知ってる?」
『十二月の半ばにはもう既に別れてたみたいだよ』
「……十二月の半ば……」
――やっぱり。
優人の例の言葉を聞いたのは、イルミネーションを見に行った日だ。それは十二月の終わり、もうほんの何日かで新年を迎えるという日だったから、やはりあの時にはもう……。
優人の言葉を漸く理解し、それ以前の出来事は何があったっけと、意識を総動員させて思い出していた。
その頃と言えば。
特に変わった事はなかったと思う。何かあったら気付くだろう。けれど、寧ろその時優人とはとても楽しく話をしていた。メールがとても楽しかったのを私の脳は記憶している。
優人が落ち込んでいる時や元気のない時には、その変化にいつもすぐに気付く。わざと元気に振舞っている様子なども微塵も伺えなかった。彼女と別れて悲しくなかったんだろうか?
――そうだ、電話。
そういえば初めて優人と電話で話したのは、クリスマスの少し前だ。あの時既に別れていたから、あんなにあっさりと電話するのを了承してくれたのか。
十二月の出来事を思い返し、私は漸く全ての事に納得した。
『何か希望が見えて来たね。これからは彼女の事気にしなくていいんだよ。良かったね』
その言葉に、私の意識は現実に引き戻された。
「うん、良かっ……、うん。……そうだね」
――良かった。
そう、言い掛けた。
彼女と別れて嬉しいかと問われれば、正直、嬉しいなんて思ってしまう。そして現に今、それを聞いて「良かった」なんて言い掛けている。
それが何だか、結局別れる事を望んでいたみたいで……。
こんな事を少しでも思ってしまっていた自分に、酷く罪の意識に捕らわれてしまう。最低、だと思う。
『別れを言ったのも桜井さんかららしいよ』
「えっ、ほんとに?」
『うん。まぁ流石に何て言ったのかは分からないけど、彼女もあっさり別れたらしいよー。何でも、他校に自分の事を好きっぽい人がいて、その人が桜井さんよりカッコイイから~、だって』
「……」
麻衣ちゃんから聞いたその事実に、思わず拳をギュッと握ってしまった。流石にこれは許せなかった。
思わず前言撤回しそうになったが、やはり優人の今までの彼女への想いを思うと、別れて欲しいと思ってしまった自分は、最低なのだと思った。
けれど、
「……別れて正解だね」
たとえ自分が優人を好きでもそうでなくても、この言葉だけは言ってもいいと思った。今、この瞬間だけでも、それくらい言わせて欲しいと思った。
*
ここまで記憶を辿ると、一度大きく深呼吸をして、また窓の外を見た。
点けっ放しのテレビの音が、今は酷く耳障りだ。
今年は、雪が少ない。
降ってもそこまで積もらず、すぐに溶けてしまう。
春が好きな優人へ、何かを決心して別れを告げた優人へ、心までも冷え切らないようにと、せめてもの贈り物なんだろうか。
彼女との別れを選んだその刹那、彼は一体何を想ったろう? 誰を見たのだろう?
優人の心が寂しくならないといい。
冬と雪が、私は好きだ。けれど……優人の心を温めてくれるのなら、今年は暖冬だろうが我慢しよう。
優人を支えられる存在になろう。
そう、心に誓って、雪がちらちらと舞い降りる冬景色を眺めていた。
けれど、温暖化の影響で、今年の冬は暖冬なのだとニュースキャスターが日本全国に告げていた。
だから今年は、雪が少ない。
降るには降った。けれど今年の初雪は、一月の中旬を過ぎてからと、例年よりも遅かった。
今はもう二月を過ぎていて、流石にこの時期だと毎日ちらちらと降っている。ここは本来雪が多い地域だから、毎年三月の下旬頃まで雪は残っている。
だから、これからまだ、降るだろう、積もるだろう。
もっと、降ればいい。でも、もう降らない方がいい。
……心を冷やしてしまうなら。
外へと向けていた視線を外して、ベッドに腰掛ける。
私は最近の出来事を、思い返す。
*
二月に入ってすぐの頃、麻衣ちゃんとバレーの試合観戦に行った。
全国大会出場を賭けた熱い戦いが繰り広げられていたが、T校は圧倒的な強さでどんどん勝ち進んで行った。
苦戦したのはやはり決勝戦でのS校との試合だけではないだろうか。
S校との決勝戦は、一ゲームを取られはしたが、二ゲームともT校が勝利し、全国大会への切符はT校が手にした。
試合が終わると、部員全員が監督の元へ行き、胴上げをしていた。照れてぶっきらぼうに言葉を紡ぎながらもどこか嬉しそうな監督を見ていると、その光景はとても微笑ましいものだった。
その日は、とっても嬉しい一日だったと思う。
T校は優勝し、全国大会へと出られるんだ。そしてその試合に、優人はまた出る事が出来た。
彼の他にも控えはいた。けれど控えのまま試合に参加しない選手もいた中、優人が出られたのだから。
それを見られて、本当に幸せだった。
特にその試合、人目も憚らず心置きなく応援出来たから、余計に嬉しかった。
理由は、試合の前日に麻衣ちゃんから聞かされた事が、関係している。
――――前日。
麻衣ちゃんから電話が掛かってきた。
「もしもし」
私は、読んでいた雑誌を、裏返しのまま傍に置いた。
『雪音ちゃん? ごめんねいきなり電話して』
電話の向こうから聞こえて来る声は、何だか妙に明るく感じた。いつもが暗い訳ではないんだけれども。
「ううん、いいよ」
『今大丈夫?』
「うん。……どうしたの?」
こちらの都合を伺う麻衣ちゃんというのも何だか珍しく、妙に緊張して身構えてしまった。
『昨日学から聞いたんだけど……あ~でも、もしかしたら雪音ちゃんはもう知ってるかも、』
「え、何?」
『桜井さん、』
優人?
その名前が出て来た所為か、電話を耳に当てる力が無意識に強くなる。その先を聞き逃すまいと、必死に黙りこくっていた。
『彼女と別れたらしいよ』
「……え……?」
驚きのあまり、そんな声しか出て来なかった。
優人が別れた……? 何で、どうして……?
――行く人いないから。
……じゃああの言葉は、本当に彼女がいない事を表していたの?
そういう意味かも知れないとは思った。でもまさか本当にそういう意味だとは思わなかった。では、あの時既に別れていたと言うのだろうか。
「――――……」
『……あれ? 雪音ちゃん? もしかして知らなかった?』
電話の向こうから声がしない事を不思議に思い、けれど初めて知ったのだと、それで驚いているのだろうと瞬時に理解したであろう麻衣ちゃんが、そう声を掛けて来た。
「……え、あ、うん……。知らなかったと言えば知らなかったんだけど、前に優人がそんなような事言ってたから、何となくそうなのかなとは思ってたんだけど、まさか本当に別れてるとは思わなかった、から……ビックリだった」
『あ、そうなんだ。その後学が、「今フリーだから狙えるじゃん」って言ってたよ』
「狙えるって……。いつ、別れたか知ってる?」
『十二月の半ばにはもう既に別れてたみたいだよ』
「……十二月の半ば……」
――やっぱり。
優人の例の言葉を聞いたのは、イルミネーションを見に行った日だ。それは十二月の終わり、もうほんの何日かで新年を迎えるという日だったから、やはりあの時にはもう……。
優人の言葉を漸く理解し、それ以前の出来事は何があったっけと、意識を総動員させて思い出していた。
その頃と言えば。
特に変わった事はなかったと思う。何かあったら気付くだろう。けれど、寧ろその時優人とはとても楽しく話をしていた。メールがとても楽しかったのを私の脳は記憶している。
優人が落ち込んでいる時や元気のない時には、その変化にいつもすぐに気付く。わざと元気に振舞っている様子なども微塵も伺えなかった。彼女と別れて悲しくなかったんだろうか?
――そうだ、電話。
そういえば初めて優人と電話で話したのは、クリスマスの少し前だ。あの時既に別れていたから、あんなにあっさりと電話するのを了承してくれたのか。
十二月の出来事を思い返し、私は漸く全ての事に納得した。
『何か希望が見えて来たね。これからは彼女の事気にしなくていいんだよ。良かったね』
その言葉に、私の意識は現実に引き戻された。
「うん、良かっ……、うん。……そうだね」
――良かった。
そう、言い掛けた。
彼女と別れて嬉しいかと問われれば、正直、嬉しいなんて思ってしまう。そして現に今、それを聞いて「良かった」なんて言い掛けている。
それが何だか、結局別れる事を望んでいたみたいで……。
こんな事を少しでも思ってしまっていた自分に、酷く罪の意識に捕らわれてしまう。最低、だと思う。
『別れを言ったのも桜井さんかららしいよ』
「えっ、ほんとに?」
『うん。まぁ流石に何て言ったのかは分からないけど、彼女もあっさり別れたらしいよー。何でも、他校に自分の事を好きっぽい人がいて、その人が桜井さんよりカッコイイから~、だって』
「……」
麻衣ちゃんから聞いたその事実に、思わず拳をギュッと握ってしまった。流石にこれは許せなかった。
思わず前言撤回しそうになったが、やはり優人の今までの彼女への想いを思うと、別れて欲しいと思ってしまった自分は、最低なのだと思った。
けれど、
「……別れて正解だね」
たとえ自分が優人を好きでもそうでなくても、この言葉だけは言ってもいいと思った。今、この瞬間だけでも、それくらい言わせて欲しいと思った。
*
ここまで記憶を辿ると、一度大きく深呼吸をして、また窓の外を見た。
点けっ放しのテレビの音が、今は酷く耳障りだ。
今年は、雪が少ない。
降ってもそこまで積もらず、すぐに溶けてしまう。
春が好きな優人へ、何かを決心して別れを告げた優人へ、心までも冷え切らないようにと、せめてもの贈り物なんだろうか。
彼女との別れを選んだその刹那、彼は一体何を想ったろう? 誰を見たのだろう?
優人の心が寂しくならないといい。
冬と雪が、私は好きだ。けれど……優人の心を温めてくれるのなら、今年は暖冬だろうが我慢しよう。
優人を支えられる存在になろう。
そう、心に誓って、雪がちらちらと舞い降りる冬景色を眺めていた。