真実の永眠
23話 告白
 バレンタインデーから五日が経過した。
 その日の出来事を、バレンタインデーの翌日に麻衣ちゃんに報告した。
 会う事など何も言っていなかったので、酷く驚いた様子だったが、少しずつ進展している事に麻衣ちゃんも一緒に喜んでくれた。
 バレンタインに、しかも住んでいる所が離れているのにわざわざ会ってくれるなんて、ひょっとしたらひょっとするんじゃないの!? なんて言っていたが、自分では手応えがあまりないように感じていた。
 嫌ってなどいないだろうが、恋愛感情は恐らく持っていないだろう……。
 私はベッドに横向きに寝転がった。
 部屋の扉の向こうからは、お昼ご飯は何が食べたいのかと、妹達が母に尋ねられている。今日は土曜日だから休校日。だからみんなこうして家にいるという訳だ。
 ――告ったりはしてないの?
 不意に蘇る、麻衣ちゃんの言葉。
 ……本当はバレンタインデーに直接気持ちを伝えるつもりだった。しかし結局の所渡すだけで何も伝えてはいないのだ。メッセージは添えたが、告白とは無縁の言葉しか書いていない。
 忘れていた訳ではない。本当は憶えていた。しかし何故かあの時、伝えてもいいものかと気持ちが揺れてしまったのだ。
 伝えても、きっと良かった。それで優人の気分を害す事はなかっただろう。
 しかし、折角緊張も解れて場が和んだのに、告白なんかして楽しい雰囲気を壊したくなかったのだ。
 ……本当はこんなの、言い訳だ。
 しかし、いつまでもこのままではいけないと、私だって思ってる。一度きちんと気持ちを伝えた方がいい。知っておいて貰うだけでも何か違って来るかも知れない。何より自分がすっきりする。
 きっと彼もこの気持ちに気付いているだろうから、言葉で思い切り伝えたら彼も確実なものだと思えていいかも知れない。
 ――言おう。伝えよう。
 私は、優人に告白する事を決意した。
 上半身を起こすと、ベッド脇にある携帯電話を手に取った。決意が揺らいでしまわぬように、すぐにメールを作成する。
 どうせ知られているのだからと思うと、告白する事自体にはそこまで緊張はしない。
 ただ、返事が怖い。
 伝えた直後、彼は一体何を思うのだろうか。それを考えると凄く怖い。
 伝えるなら電話でも良かったのだが、電話は流石に無理だった。……そんな勇気がない。
 自分が凄くカッコ悪いと分かっているけれども、今はメールの方がいい。
 落ち着いてゆっくりと時間を掛け、自分の伝えたい事をしっかりと言葉にして行く。


<優人に伝えたい事があります。分かってると思うけど、私は優人が好きです。大好きです。優人の彼女になりたいです。でも今は、私をそんな風には見てないと思うから、告白の返事は要りません。ただ今はこの気持ちを知ってて貰えたら嬉しいので。あと、今でもずっとメールしててくれてありがとう。もし良かったらこれからもこうして話してくれると嬉しいな>


 長いし鬱陶しいかも知れないけれども、そう書いた。今自分が想う一番大切な事を、精一杯。
 伝わる、だろうか。
 最初に単刀直入に気持ちを書いているから、きっと大丈夫。
 打ち終わっても、すぐにはそれを送信出来ずにいた。あまり緊張しないと思っていたのに、ここに来て緊張し始めた。
 ……どうしよう。
 この部屋だけなら、テレビも点けていないから静かだけれども、外から微かに子供達の遊んでいる声がする。隣の部屋からは、母と妹達の会話と、ラーメンでも食べているのかずるずると啜る音が聞こえて来る。
 何も聞こえない無音の空間より、こうして日常を感じる音が聞こえる方が、今はありがたいかも知れない。ここに、独りではないと実感出来る気がして。
 大きく深呼吸をし、ゆっくりと送信ボタンを押した。
 もしも部活をしているならまだまだ返事は来ないだろうと踏んで、私は携帯電話を部屋に置いたまま隣の部屋に行き、お昼ご飯を食べる事にした。
 先程聞こえたずるずると啜る音は、やはりラーメンだったようだ。
「雪音も食べる? うどんもあるよ」
 母は自分の食べているうどんを指しながらそう言った。
 どうしようかと少し考えた後、うどんを選択した。
 今はもう十四時を過ぎているから、少し遅い昼食だ。
 私はそれを平らげると、食器を片付け、すぐに自室に向かおうとした。
「これから三人で出掛けて来るけど、雪音も行く?」
 母の言葉に呼び止められ、少し考えた後、
「私はいい」
 そう言って、自室へと戻った。
 いい天気だからお出掛け日和だ。一瞬行こうかと迷ったが、何だか今日はそんな気分じゃなかった。先程あんなメールを送ったからかも知れない。
 部屋に入ると、すぐに携帯電話をチェックする。やはり優人からの返信はなかった。
 妙な気分を少しでも紛らわせるならと、テレビを点けた。
 今日は土曜日だから面白い番組はやっていないだろう。そう思いながらも何かないのかとリモコンでチャンネルを変えて行く。
 全ての番組をチェックしたが、案の定面白くなく、点けて一分も経たない内にテレビを消した。
 今日が休みで暇だからこんなに緊張して待たなければならなくなるのだ。
 私はすぐに隣の部屋に行き、準備を終えて出ようとする三人に、やっぱり一緒に行っていいかと確認を取り、ささっと身支度を整え一緒に出掛ける事にした。
 帰った頃にメールが届いていたらいいな、なんて思い、今日は敢えて携帯電話を持たずに家を出た。













 家に着いて時間を確認すると、もう十八時半になっていた。
 私はすぐに、自室のテーブルに置いたままの携帯電話を目指す。
 開いてみると、メールは三件届いていた。
 一つは友達からのメール。一つはサイトから配信されたメール。これは要らないんだけど……なんて思いながらもう一件を確認すると、最後の一つは優人からのメールだった。
 本文はまだ見ていないけれど、優人からのメールだと分かった瞬間ドキッとした。
 優人意外のメールはすぐに開き、友達には返信しておいた。
 優人のメール……。
 私は緊張した面持ちで、そのメールを開いた。けれどなかなか返事を見る事が出来ない。
 携帯電話から逸らしていた目を、意を決してメールの本文に向けた。


<気持ちはわかりました。ありがとうございます。メールは全然いいよ。これからもよろしく>


「あ……」
 “ありがとう”。
 それは気持ちを伝えられた者なら必ずと言っていい程に発する言葉だろう。けれどここに、拒絶の言葉はない。それは本来なら相手を傷付けない為の精一杯の優しさかも知れないけれども、優人は違う。
 興味のない相手なら一刀両断に振ってしまうだろう。
 今までの優人との話から、優人の性格はある程度知っていたので、この言葉は本当に嬉しかった。
 勿論自分についてどう思っているのかとか、OKの返事を貰えてはいないが、今はこれだけでも充分過ぎる程に嬉しかった。
 優人の気持ちは分かっていた。だから答えなどない返事が来る事も想定内の事だったけれど、この返事は予想以上に嬉しかった。
 はっきりしろよ! と思う人の方が、多数を占めるだろうが。
 でも、今はこれでいい。
 私の想いは今、優人の手の中にある。それをこれからどうするのかは優人次第だ。
 いつかその想いに応え、返して来るかも知れない。要らなくなってそのまま捨ててしまうかも知れない。――――或いは……。
 でも、今はこれでいい。
 これからもずっとメールをしてもいいんだ。彼との繋がりはずっとある。
 それを思うと、今はこれだけでも、幸せに思えた。

















 それから一ヶ月程経過して、春が訪れた。
 昼夜の気温差は激しいけれど、暖かい日も増え、春になったんだなーと実感する。
 雛祭りやホワイトデー、卒業祝いや合格祝いなどが重なり、仕事はとても忙しかった。
 しかし、それを終えた後の達成感は気持ちがいい。気分もいい。
 仕事では自分の努力も認められつつある。
 本当に嬉しかった。
 嬉しかったと言えば。
 あれは三月の半ばだっただろうか。麻衣ちゃんと松田さんが、ヨリを戻したのだそうだ。
 ある日麻衣ちゃんから電話があり、それはもう嬉しそうに報告された。それには私も心から喜んだ。だって二人には戻って欲しいとずっと思っていたから。
 他にも、理恵ちゃんから急に、雪ちゃんに手紙書いた! と言われ渡された。
 そこには、実は結構前から彼氏がいる事、ずっと言えなかった事への謝罪、近況報告、私の恋への応援など、色々綴られていた。
 本当は全部知っていたけれど、わざわざ手紙を書いてくれた事も、こうして全てを打ち明けてくれた事も、応援も、本当に嬉しかった。
 漸く本当の意味で仲良くなれたような気がした。
 三月の下旬には、バレーの全国大会が東京で行われた。春の高校バレーだ。
 T校はとてもいい試合をしたんだけど、結果だけ見れば一回戦敗退。全国のレベルを改めて思い知った事だろう。
 しかしこればかりは実力の他にも運がある。一回戦で当たった学校は、優勝候補なのだそうだ。テレビ中継でそんな事を言っていた。
 結果は敗退だけど、何か得るものはあったのだろう。
 私はテレビ中継もしっかりと観て、優人が東京から帰る日には、労いの言葉を綴ったメールを送った。
 三月の下旬と言えば、もう春休みに突入している。
 麻衣ちゃんからは、市内で遊ぼうと何度も誘われたけれど、バイトが続いていてなかなか思うように会えなかった。
 しかし、四月一日にやっと私達の都合が合う為、その日に市内へ出掛ける事になった。
 その日もきっと、優人や松田さんは部活があるのだろう。部活が終わってから麻衣ちゃんは彼と会うのだろうか。
 どうせ優人は通学にT駅を使うのだ。そのついでと言っては何だが、自分も優人に会えはしないだろうかと少しだけ期待をしてしまった。
 また、会えたらいい。
 春の訪れと共に、自分達にも暖かな風が吹くといい。



 私は今日も仕事に精を出す。
 真面目に取り組む姿を評価される事が嬉しくて、以前よりももっともっと頑張る姿勢を見せるようになった。信頼を得て頼られる事が嬉しい。職場の人達の為に頑張る、自分の為に頑張る。仕事も恋も、頑張ればいつか報われるかも知れない。頑張り続ければ……。
 そう、言い聞かせて。
 笑顔を失わないように、前を見てただひたすらに走っていた。
 春が訪れた。暖かで穏やかな春が。
 春の訪れと共に、自分にも暖かな風が吹くといい。



 私はこの時まだ、知らなかった。
 望んだ暖かな春を、僅かな時間でも感じる事が出来るなんて。
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