真実の永眠
-赤色-
――――――――
陽が西に傾いて
近くで響いてたはしゃぎ声
そして傍で 二羽の鳥が翔いた
隣で笑うあなたはとても綺麗で
短い時間を呪いながらも
それでもこの上無く、幸せだった
――――――――
駅に到着した私達は、
「身嗜みチェックをしよう!」
という麻衣ちゃんの言葉に、すぐさま化粧室へと駆け込んだ。
松田さんから到着の連絡が来ていない為、私達は化粧室で時間を潰す事にした。
他の利用客に迷惑が掛かるのではと心配になったが、幸い誰一人として利用しなかった為、暫く屯していても迷惑になる事はなかった。
それにしても――……。
私は鏡に背を向けて化粧台に凭れ掛かるようにして立ったまま、携帯電話を開いて、メールの問い合わせをした。数秒後に、“メールはありません”の文字がテロップで流れる。
……優人は本当に会ってくれるのだろうか?
会う為にこちらに向かって来てはいるらしいが、返事がないので何だか心配だ。一言でも何か返事をくれると嬉しい。
小さく溜息をついて、隣の麻衣ちゃんを見やると、鏡の前で一生懸命に髪をセットし直していた。
その時、私の携帯電話が鳴った。
「!」
「……その着メロ、桜井さん?」
「……うん」
言葉通り、それは優人からのメールを告げる着信音だった。すぐにメールを開くと、そこに書かれた文面を確認する。
<着いたよ! どこにいるの?>
「……」
私は呆然とした面持ちでその文をまじまじと見つめていた。どれだけ確認してもその文面は、話がやはり会う方向に進んでいる事を告げている。凄く嬉しい事は確かなんだけれど、もう少し、何だろうこう……着いたよの報告の前に何かあってもよくないだろうか。まぁでも、どうやら私の心配は杞憂だったらしい。そして会ってくれる事実はやはり事実だったようだ。
「桜井さん何て?」
今度はファンデーションをポンポンと頬に叩いて化粧直しをしている麻衣ちゃんが、鏡から目を離さずに尋ねてくる。
「着いたって。」
「えっ!? もう!? 学から何にも連絡来てないんだけど!」
麻衣ちゃんが携帯電話を取り出した丁度その時、彼女の電話がけたたましく音を立てた。それは松田さんからの電話だったようで、麻衣ちゃんはすぐに通話ボタンを押して話し始めた。
松田さんからの連絡も、到着を知らせる報告や今どこにいるのかという、居場所を確認する言葉だったらしい。
麻衣ちゃんが答えると、これからそっちに向かうからと言われたらしかった。
私達もすぐに化粧室から出ると、ここから一番近くにあった店の前で待機する事にした。
雑談しながら待っていると、
「あ」
麻衣ちゃんが小さく声を漏らした。その声を拾った私は彼女の視線を辿り、そこに優人の姿を見付けると、はっと息を呑んだ。
「……!」
一瞬優人と目が合ったが、恥ずかしくなってすぐに逸らし、俯いてしまった。
二人はそのまま近付いて来て、そして目の前まで来ると、松田さんが「おー」と麻衣ちゃんに声を掛けた。
二人は普段通りに話しているが、私は優人と話せずに二人の会話を見ているだけだった。
「――じゃあうちらはうちらでぶらぶらして来るけどいい?」
適当に何を話した後、麻衣ちゃんはこちらを振り返り、さらりとそんな事を言った。麻衣ちゃんも松田さんも、心なしかニヤニヤしているように感じる。
要するに、「二人でごゆっくり~」と言っているのだ。
けれどそうなる事は初めから分かっていた事だ。二人ずつ別れて行動をするのだという事を。四人で楽しくお喋りをする筈がないと。
それに片組は恋人同士なのだから、二人になるのが自然だ。
「う、うん……。行ってらっしゃい」
ある意味有無を言わさぬ彼女の発言に、私はそう言わなければならない気がしてそう送り出した。
二人は楽しそうに歩き出す。
その場に残された私と優人。
何か言わなければいけない。言いたい事は沢山ある。
来てくれてありがとう、会ってくれてありがとう、部活で疲れてるのにごめんね、会えて嬉しい。
けれどどの言葉も声として出てはくれなくて、結局全ての言葉を飲み込んでしまった。会おうと誘ったくせにどうしたらいいのか分からず優人の方を見ると、少し笑って、
「俺たちもどっか行く?」
優人はそう言った。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
「うんっ」
私は満面の笑みでそう答えた。
「歩く? それともどっか座って話す?」
二人きりのこんな状況も優人の言葉も、本当に何もかもが嬉しくて幸せで。特に何もないのに顔が綻んで来てしまう。
そんな緩い表情筋を叱咤して、何とか真面目に言葉を発する事に成功した。
先程までずっとブーツで歩き回っていた私は、流石に少し疲れていたので、優人が提案した後者を選択した。
「駅を出て少し歩いた所にベンチがあるから、そこに行こう」
そう言って歩き出す優人を追うように私も歩き出す。
目の前に、優人の背中がある。
今、こんなにも近くにいる。
時に頼りなく感じる程に優しい優人の広い背中を見ていると、何だか頼もしく思えた。こんなにも頼もしい背中をしているのだと、今この時初めて知った。
幸せ過ぎて泣いてしまいそうな自分がいる。けれど泣かない。優人の前ではいつも笑顔でいたいから。
外に出ると、夕陽でほんの少しだけオレンジ色に染まりつつある空が広がっていた。
私達は一分程歩いた所にあるベンチに腰掛けた。
公園とまでは行かないが、木や草花で囲われていて、スペースもそんなに狭くない。ベンチも私達が座っているこの一つだけではないから、休憩や落ち着きたい時に使用するなら持って来いの場所だった。
憩いの場、と言えばしっくり来るだろうか。
近くではボールを蹴ったり投げたりと、わーわーきゃっきゃっと声を発して遊んでいる少年少女がいる。背丈からして、あれは小学校低学年くらいだろうか、なんて考えていると、
「――楽しそうだなぁ」
微笑みながら優人はそう言った。優人の視線は、たった今私が見ていた子供達に向けられていて、そこで漸く言葉の意味と、自分と同じ所を見ていたのだと気付く。
私も笑った。
本当に楽しそうだ。純真無垢な笑顔をその顔に張り付かせて、必死にボールを追っている。何気無い事にも大笑いしているその様子は、心を温かいものにさせた。
「うん、楽しそう」
子供達から視線を外さずに言いながら笑うと、隣で優人も笑った。
――嬉しい。
隣に優人が座っている。隣で笑っている。
遠い存在だった優人が、今、隣にいる。
嘘みたいな夢みたいなこの現実が、現実として存在してもいいのだろうか。けれど今この事実は確かに現実なんだ。
「今日は遊んでたの?」
不意に優人が声を掛けて来て、私の思考は寸断された。
「うん。駅の中や、外に出て色んなお店回ってたよ。その後カラオケにも行って来たの」
「そうなんだ。何唄ったの?」
「うーん、色々……かな」
言った所でその歌手に興味を持たないだろうと踏んで、私は曖昧に答えておいた。
「色々なんだ」
優人の顔を見ていないけれども、笑った気配がして、嬉しくなった。
「優人はカラオケとか行ったりする?」
優人の顔を見ながら私が問うと、彼もこちらを向き、けれど目を合わせぬままに答えた。
「たまに」
「そうなんだ。何か意外だね。唄ったりする?」
「……たまに」
「何唄うの?」
「うーん、色々……」
「色々なんだ」
結局優人も私と同じ台詞を言ったので、おかしくなって私達は笑った。
楽しく会話が弾む私達ではないけれど、温かく優しい雰囲気を纏って、沈黙でさえも優しい空気が流れていた。
近くでは未だに子供達の楽しげな声が聞こえて来る。
優人をちらりと見ると、こちらとは反対側に顔を向けていたので、表情も見えなくて今優人が何を考えているのかは分からなかった。
私は今、幸せです。
隣の彼はきっと、今自分と同じ事を考えてはいないだろう。泣き出しそうになる程の幸せを、自分だけが感じているのでもいい。今は自分しか感じていなくても、それでもいいから。
それでも、いいから。
今日この日を、この瞬間(とき)を、最後まで幸せに過ごしたい。
さらさらと吹く風が、私たちの柔らかい髪の毛を揺らした。それは夕陽色に染まっていく。
駅の屋上に止まっていた二羽の鳥が、バサッと羽を広げた音がやたらに響いて、私達は一斉にそちらを向く。
音の主達は、何食わぬ顔で自由に大空へ飛び立って行く。
その様子を静かに眺めていた。同じものを同じ場所で見られるこの幸せが、ずっと続けばいい。
そこでふと、沈黙が続いている事に気付き、何だか申し訳なくて声を掛けようと優人に振り返った。その時。
「そ……、」
「な……、」
同時に振り返り同時に言葉を発した為、私たちの言葉が重なってしまった。
「あ、さ、先言っていいよ」
「いや、いいよいいよ先言って」
「私のはどうでもいい事だから」
「俺のも大した事じゃないから」
そう言って、お互いに譲り合った。
タイミングが良いのか悪いのか分からず、何だか気恥ずかしくなって私達は笑い合った。
ふふっと笑って隣の優人を見ると、恥ずかしくなったのかそっぽを向いてしまったが、それでも笑っていた。
「……」
けれども、私は見てしまった。見えてしまった。
優人の耳と僅かに見える頬が、赤く染まっていたのを。
そしてそれはきっと、夕陽の所為ではないだろう。
「――……」
ああ、
私は今、
幸せです。
優人を想って、辛かった日は沢山ある。泣いた日も。
幸せな事が続いているように見えていても、優人を想って涙した日は沢山ある。
叶わないかも知れないと、もう駄目かも知れないと諦め掛けた日は、一体どのくらいあっただろうか。
でももしも諦めてしまっていたなら、簡単に諦められるような気持ちでいたなら、きっと今日という素敵な日は訪れなかっただろう。
この恋は叶ってはいない。隣にいる優人は恋人ではないけれど、保留のような曖昧な関係が続いているけれども、それでも確かに今、私は幸せなんです。
――――――――
この世界にあなたが色を付けて
汚れた世界が今はとても綺麗
曇ってた心も
あなたが居る その事実だけで
全てを受け止められるよ
光を遮らないで
どんなに暗い道でも構わないから
確かに繋がる道の上を歩きたい
何の言葉も要らないから
あと少しだけ 隣に居て欲しい
言葉が重なって笑い合ってた
赤らめる頬に嬉しく感じたの
優し過ぎる時間 吹き抜ける風
その世界の中 確かにあなたが此処に居た
――――――――
陽が西に傾いて
近くで響いてたはしゃぎ声
そして傍で 二羽の鳥が翔いた
隣で笑うあなたはとても綺麗で
短い時間を呪いながらも
それでもこの上無く、幸せだった
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駅に到着した私達は、
「身嗜みチェックをしよう!」
という麻衣ちゃんの言葉に、すぐさま化粧室へと駆け込んだ。
松田さんから到着の連絡が来ていない為、私達は化粧室で時間を潰す事にした。
他の利用客に迷惑が掛かるのではと心配になったが、幸い誰一人として利用しなかった為、暫く屯していても迷惑になる事はなかった。
それにしても――……。
私は鏡に背を向けて化粧台に凭れ掛かるようにして立ったまま、携帯電話を開いて、メールの問い合わせをした。数秒後に、“メールはありません”の文字がテロップで流れる。
……優人は本当に会ってくれるのだろうか?
会う為にこちらに向かって来てはいるらしいが、返事がないので何だか心配だ。一言でも何か返事をくれると嬉しい。
小さく溜息をついて、隣の麻衣ちゃんを見やると、鏡の前で一生懸命に髪をセットし直していた。
その時、私の携帯電話が鳴った。
「!」
「……その着メロ、桜井さん?」
「……うん」
言葉通り、それは優人からのメールを告げる着信音だった。すぐにメールを開くと、そこに書かれた文面を確認する。
<着いたよ! どこにいるの?>
「……」
私は呆然とした面持ちでその文をまじまじと見つめていた。どれだけ確認してもその文面は、話がやはり会う方向に進んでいる事を告げている。凄く嬉しい事は確かなんだけれど、もう少し、何だろうこう……着いたよの報告の前に何かあってもよくないだろうか。まぁでも、どうやら私の心配は杞憂だったらしい。そして会ってくれる事実はやはり事実だったようだ。
「桜井さん何て?」
今度はファンデーションをポンポンと頬に叩いて化粧直しをしている麻衣ちゃんが、鏡から目を離さずに尋ねてくる。
「着いたって。」
「えっ!? もう!? 学から何にも連絡来てないんだけど!」
麻衣ちゃんが携帯電話を取り出した丁度その時、彼女の電話がけたたましく音を立てた。それは松田さんからの電話だったようで、麻衣ちゃんはすぐに通話ボタンを押して話し始めた。
松田さんからの連絡も、到着を知らせる報告や今どこにいるのかという、居場所を確認する言葉だったらしい。
麻衣ちゃんが答えると、これからそっちに向かうからと言われたらしかった。
私達もすぐに化粧室から出ると、ここから一番近くにあった店の前で待機する事にした。
雑談しながら待っていると、
「あ」
麻衣ちゃんが小さく声を漏らした。その声を拾った私は彼女の視線を辿り、そこに優人の姿を見付けると、はっと息を呑んだ。
「……!」
一瞬優人と目が合ったが、恥ずかしくなってすぐに逸らし、俯いてしまった。
二人はそのまま近付いて来て、そして目の前まで来ると、松田さんが「おー」と麻衣ちゃんに声を掛けた。
二人は普段通りに話しているが、私は優人と話せずに二人の会話を見ているだけだった。
「――じゃあうちらはうちらでぶらぶらして来るけどいい?」
適当に何を話した後、麻衣ちゃんはこちらを振り返り、さらりとそんな事を言った。麻衣ちゃんも松田さんも、心なしかニヤニヤしているように感じる。
要するに、「二人でごゆっくり~」と言っているのだ。
けれどそうなる事は初めから分かっていた事だ。二人ずつ別れて行動をするのだという事を。四人で楽しくお喋りをする筈がないと。
それに片組は恋人同士なのだから、二人になるのが自然だ。
「う、うん……。行ってらっしゃい」
ある意味有無を言わさぬ彼女の発言に、私はそう言わなければならない気がしてそう送り出した。
二人は楽しそうに歩き出す。
その場に残された私と優人。
何か言わなければいけない。言いたい事は沢山ある。
来てくれてありがとう、会ってくれてありがとう、部活で疲れてるのにごめんね、会えて嬉しい。
けれどどの言葉も声として出てはくれなくて、結局全ての言葉を飲み込んでしまった。会おうと誘ったくせにどうしたらいいのか分からず優人の方を見ると、少し笑って、
「俺たちもどっか行く?」
優人はそう言った。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
「うんっ」
私は満面の笑みでそう答えた。
「歩く? それともどっか座って話す?」
二人きりのこんな状況も優人の言葉も、本当に何もかもが嬉しくて幸せで。特に何もないのに顔が綻んで来てしまう。
そんな緩い表情筋を叱咤して、何とか真面目に言葉を発する事に成功した。
先程までずっとブーツで歩き回っていた私は、流石に少し疲れていたので、優人が提案した後者を選択した。
「駅を出て少し歩いた所にベンチがあるから、そこに行こう」
そう言って歩き出す優人を追うように私も歩き出す。
目の前に、優人の背中がある。
今、こんなにも近くにいる。
時に頼りなく感じる程に優しい優人の広い背中を見ていると、何だか頼もしく思えた。こんなにも頼もしい背中をしているのだと、今この時初めて知った。
幸せ過ぎて泣いてしまいそうな自分がいる。けれど泣かない。優人の前ではいつも笑顔でいたいから。
外に出ると、夕陽でほんの少しだけオレンジ色に染まりつつある空が広がっていた。
私達は一分程歩いた所にあるベンチに腰掛けた。
公園とまでは行かないが、木や草花で囲われていて、スペースもそんなに狭くない。ベンチも私達が座っているこの一つだけではないから、休憩や落ち着きたい時に使用するなら持って来いの場所だった。
憩いの場、と言えばしっくり来るだろうか。
近くではボールを蹴ったり投げたりと、わーわーきゃっきゃっと声を発して遊んでいる少年少女がいる。背丈からして、あれは小学校低学年くらいだろうか、なんて考えていると、
「――楽しそうだなぁ」
微笑みながら優人はそう言った。優人の視線は、たった今私が見ていた子供達に向けられていて、そこで漸く言葉の意味と、自分と同じ所を見ていたのだと気付く。
私も笑った。
本当に楽しそうだ。純真無垢な笑顔をその顔に張り付かせて、必死にボールを追っている。何気無い事にも大笑いしているその様子は、心を温かいものにさせた。
「うん、楽しそう」
子供達から視線を外さずに言いながら笑うと、隣で優人も笑った。
――嬉しい。
隣に優人が座っている。隣で笑っている。
遠い存在だった優人が、今、隣にいる。
嘘みたいな夢みたいなこの現実が、現実として存在してもいいのだろうか。けれど今この事実は確かに現実なんだ。
「今日は遊んでたの?」
不意に優人が声を掛けて来て、私の思考は寸断された。
「うん。駅の中や、外に出て色んなお店回ってたよ。その後カラオケにも行って来たの」
「そうなんだ。何唄ったの?」
「うーん、色々……かな」
言った所でその歌手に興味を持たないだろうと踏んで、私は曖昧に答えておいた。
「色々なんだ」
優人の顔を見ていないけれども、笑った気配がして、嬉しくなった。
「優人はカラオケとか行ったりする?」
優人の顔を見ながら私が問うと、彼もこちらを向き、けれど目を合わせぬままに答えた。
「たまに」
「そうなんだ。何か意外だね。唄ったりする?」
「……たまに」
「何唄うの?」
「うーん、色々……」
「色々なんだ」
結局優人も私と同じ台詞を言ったので、おかしくなって私達は笑った。
楽しく会話が弾む私達ではないけれど、温かく優しい雰囲気を纏って、沈黙でさえも優しい空気が流れていた。
近くでは未だに子供達の楽しげな声が聞こえて来る。
優人をちらりと見ると、こちらとは反対側に顔を向けていたので、表情も見えなくて今優人が何を考えているのかは分からなかった。
私は今、幸せです。
隣の彼はきっと、今自分と同じ事を考えてはいないだろう。泣き出しそうになる程の幸せを、自分だけが感じているのでもいい。今は自分しか感じていなくても、それでもいいから。
それでも、いいから。
今日この日を、この瞬間(とき)を、最後まで幸せに過ごしたい。
さらさらと吹く風が、私たちの柔らかい髪の毛を揺らした。それは夕陽色に染まっていく。
駅の屋上に止まっていた二羽の鳥が、バサッと羽を広げた音がやたらに響いて、私達は一斉にそちらを向く。
音の主達は、何食わぬ顔で自由に大空へ飛び立って行く。
その様子を静かに眺めていた。同じものを同じ場所で見られるこの幸せが、ずっと続けばいい。
そこでふと、沈黙が続いている事に気付き、何だか申し訳なくて声を掛けようと優人に振り返った。その時。
「そ……、」
「な……、」
同時に振り返り同時に言葉を発した為、私たちの言葉が重なってしまった。
「あ、さ、先言っていいよ」
「いや、いいよいいよ先言って」
「私のはどうでもいい事だから」
「俺のも大した事じゃないから」
そう言って、お互いに譲り合った。
タイミングが良いのか悪いのか分からず、何だか気恥ずかしくなって私達は笑い合った。
ふふっと笑って隣の優人を見ると、恥ずかしくなったのかそっぽを向いてしまったが、それでも笑っていた。
「……」
けれども、私は見てしまった。見えてしまった。
優人の耳と僅かに見える頬が、赤く染まっていたのを。
そしてそれはきっと、夕陽の所為ではないだろう。
「――……」
ああ、
私は今、
幸せです。
優人を想って、辛かった日は沢山ある。泣いた日も。
幸せな事が続いているように見えていても、優人を想って涙した日は沢山ある。
叶わないかも知れないと、もう駄目かも知れないと諦め掛けた日は、一体どのくらいあっただろうか。
でももしも諦めてしまっていたなら、簡単に諦められるような気持ちでいたなら、きっと今日という素敵な日は訪れなかっただろう。
この恋は叶ってはいない。隣にいる優人は恋人ではないけれど、保留のような曖昧な関係が続いているけれども、それでも確かに今、私は幸せなんです。
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この世界にあなたが色を付けて
汚れた世界が今はとても綺麗
曇ってた心も
あなたが居る その事実だけで
全てを受け止められるよ
光を遮らないで
どんなに暗い道でも構わないから
確かに繋がる道の上を歩きたい
何の言葉も要らないから
あと少しだけ 隣に居て欲しい
言葉が重なって笑い合ってた
赤らめる頬に嬉しく感じたの
優し過ぎる時間 吹き抜ける風
その世界の中 確かにあなたが此処に居た
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