真実の永眠
27話 文字
あなたに、――どんな言葉を贈ろうか。
そう、考えて。
考え始めた瞬間から、一体どのくらいの時間が経過したのだろうか。
携帯電話を開いて、両手で大事そうに握り締める。
陳腐な言葉は、贈りたくない。
どんな言葉を掻き集めても、世界中の言葉という言葉全てを掻き集めたって、この想いはどうしたってもう、言葉になんて出来ないから。
それならいっそ――……。
*
六月×日。
夕方。
ほんのりオレンジ色に染まり掛けている、けれどまだまだ青い、綺麗に晴れ渡った空を、部屋の窓から見上げた。
通常ならこの時期は、とっくに梅雨入りをしていて、今頃はもう、雨がザァザァに降り続いているだろう。
けれど今年は違った。
梅雨入りをしている筈なのに、雨が降らない。今年は雨量が激減して、水不足という問題が発生しているのだと、今朝のニュースでお天気お姉さんが言っていた。
農業を営んでいる人々には、被害甚大だ。
なので節水を呼び掛けるニュースの影響で、職場の店長が「節水を心掛けよう」と言っていた。
それが今日。六月×日の、今日。
雨も好きだけれど、晴れの日はもっと好きだ。青空が見える事が、凄く嬉しい。
水不足の問題を知っていながらこう思ってしまう自分は、本当に最低だと思う。そしてもっと最低なのは、これよりももっと重要な事があると、思ってしまっている事だ。
六月×日、今日。
今日はとても大切な日。
日にちは違えど、誰にでも訪れる日。
それをこんなに大切に、愛おしく思ったのは、人生で初めてではないかと思う。
今日は、優人の誕生日。
去年は、誕生日を知ったのが遅くて、遅れてのお祝いになってしまった。それでも優人はありがとうと言ってくれたけれど。
去年も大切だった。けれど今年はそれ以上の気持ちでいる。
彼が生まれた日。
優人と出会えた事を、幸せに思う、誇りに思う。
ただただ感謝でいっぱいだった。
こうして出会えて、自分が生まれて来た事を、初めて感謝した日でもある。
彼を生み、慈しみ育ててくれた優人の両親、そして自分の両親、今まで芽生えた事のない「ありがとう」が、ただただ溢れて来る。
それだけ優人との出会いが、素敵で、大切で、幸せだった――。
私は、空に向けていた視線を、ベッドに放置している携帯電話に向けた。
もう夕方になってしまっている。早くお祝いの言葉を贈らなければ、今日が終わってしまう。
そう考えて、少しだけ焦った私は、携帯電話に近付いて、そのままベッドに座り込む。
携帯電話を手に取って開くと、電話帳から“優人”を開いて、メール作成ボタンを押した。
ここで漸く、話は冒頭へと戻る――。
――――――――
Happy Birthday.
あなたが生まれて来た事
生き続けて来た事
私は心から 感謝します
そして
ここまで築き上げて来た
過去を辿って全て
私は心から 感謝します
――――――――
……ああ、どんな言葉を掻き集めても、世界中の言葉という言葉全てを掻き集めたって、この想いはどうしたってもう、言葉になんて出来ないから。
それならいっそ――……。
それならいっそ、言葉など何も書かずに贈ろうか。
陳腐な言葉で片付けられる感情などでは、もう今はないのだ。
けれど、流石に誕生日なのに空メールを送る訳には行かないので。そんなものすぐに削除されかねないので、メロディは、添付しよう。
誕生日を祝う、あの有名な曲。そうだ、綺麗なオルゴールで。
――――――――
あなたの存在に
私はいつも支えられて来た
私の言葉があなたに届いてくれたなら
ほんの少しでもあなたに刻めたのなら
これ以上、何も望むことなんて無いわ
――――――――
――うん、ない。
今日は、今日だけは、ただこの気持ちが届いてくれたらそれでいい。
「……優人、」
生まれて来てくれて、ありがとう。
――――――――
在り来たりの言葉でしか
私には伝えられないけど
「生まれて来てくれて、ありがとう」
伝わった? 私の想い
伝わった? 私の心
Happy Birthday.
あなたが生まれて来た事
生き続けて来た事
私は心から 感謝します
――――――――
メロディを添付、本当にそれだけでいいのだろうか?
優人からしてみれば、祝ってくれるのはありがたいが、言葉も何もないメールなんか来ても、嬉しくはないだろう。一応メロディは添付してあるけれども。
――どうしようか。
伝えたい事は山ほどあるけれど、それを全部伝えた所で、まるで意味がない。
逆に想いの深さが半減しそうだ。何より鬱陶しい。
――どうしようか。
「伝えたい事……」
ポツリと独り言を呟いた。
誕生日おめでとう、これは誰もが言う言葉で、在り来たり過ぎる。優人が誰より何よりも好きで、大切な事。
出会えて嬉しい、幸せ。
他にも伝えたい事は、本当に山ほどあるけれども。根本的なものは、たった一つだけではないだろうか。
あ……。
「……――とう」
――それだ。
けれどその一言を添えても、優人は意味が分からなくて、きっと困惑の表情を浮かべてしまうだろう。
何より書いてしまったら、もしも優人がその意味を自分なりに解釈した時、その言葉に込められた想いが、何だかちっぽけなものに感じられてしまうかも知れないから、――だから。
「はー……」
そこまで考え、気持ちを落ち着ける為に、一度大きく息を吐いた。
そして、メールの作成画面をまじまじと見つめていると、
「!」
いい事を、思い付いた。
最近の携帯電話は本当に素晴らしい機能が付いているなーと、妙な所で感心する。
私は慣れた手付きでポチポチとボタンを押して、優人宛てに送るメールを作成した。
「――――出来たっ……!」
05/06/XX 17:09
優人
無題
-----------------------
-----------------------
♪Happy Birthday.mid
-END-
優人には、言葉が何もないように思えて、もしかしたらすぐに削除してしまうかも知れない。こんなもの、嬉しくも何ともないかも知れない。そういった不安は勿論あったけれど。
言葉は“ない”んじゃなくて、“見えない”だけ。
メールに書いた文字色を背景色と同色にして、書き込んだ想いを見えなくした。
みんなと同じになんかしたくない、この想いもこのメールも、世界でたった一つ存在すればいい。
私は、本文にたった一言、
< >
書いた。
見えない想いを、見えない文字にする事で、伝える。
そしてゆっくりと、送信ボタンを押した。
――――――――
届けたメロディは
心まで響いてくれましたか?
溢れる言葉は
何にも書かずに届けたい
白の空白に 見えない文字を刻む
“あ り が と う”
――――――――
彼がこの文字に気付く日は、きっと来ないだろう。
送信し終わって、緊張の糸が解れた私は、はー……と安堵の溜息を漏らし、胸を撫で下ろした。
その直後、優人からすぐに返信が来て、私はビックリしてしまった。
メールを開くとそこには、
<ありがとう>
その一言と、語尾に絵文字が二つ程並んで付いていた。
メロディを添付したので、誕生日のお祝いメールだと分かってくれたのだろう。
最近優人とのメールのやり取りがあまりうまく行っていなかった所為で、落ち込む事も多かったけれど、この返事で、少しだけ元気が出た。
私はそのメールに、返事はしなかった。
開いていた受信ボックスを閉じて、送信ボックスを開く。
先程優人に送ったメールを開くと、編集ボタンを押して、デコレーションで本文欄を黒背景にした。
すると浮かび上がる白色の文字――私の気持ち。
彼がこの文字に気付く日は、きっと来ないだろう。
それでも、良かった。
――――――――
Happy Birthday. Dear...
――――――――
――優人。
そう、考えて。
考え始めた瞬間から、一体どのくらいの時間が経過したのだろうか。
携帯電話を開いて、両手で大事そうに握り締める。
陳腐な言葉は、贈りたくない。
どんな言葉を掻き集めても、世界中の言葉という言葉全てを掻き集めたって、この想いはどうしたってもう、言葉になんて出来ないから。
それならいっそ――……。
*
六月×日。
夕方。
ほんのりオレンジ色に染まり掛けている、けれどまだまだ青い、綺麗に晴れ渡った空を、部屋の窓から見上げた。
通常ならこの時期は、とっくに梅雨入りをしていて、今頃はもう、雨がザァザァに降り続いているだろう。
けれど今年は違った。
梅雨入りをしている筈なのに、雨が降らない。今年は雨量が激減して、水不足という問題が発生しているのだと、今朝のニュースでお天気お姉さんが言っていた。
農業を営んでいる人々には、被害甚大だ。
なので節水を呼び掛けるニュースの影響で、職場の店長が「節水を心掛けよう」と言っていた。
それが今日。六月×日の、今日。
雨も好きだけれど、晴れの日はもっと好きだ。青空が見える事が、凄く嬉しい。
水不足の問題を知っていながらこう思ってしまう自分は、本当に最低だと思う。そしてもっと最低なのは、これよりももっと重要な事があると、思ってしまっている事だ。
六月×日、今日。
今日はとても大切な日。
日にちは違えど、誰にでも訪れる日。
それをこんなに大切に、愛おしく思ったのは、人生で初めてではないかと思う。
今日は、優人の誕生日。
去年は、誕生日を知ったのが遅くて、遅れてのお祝いになってしまった。それでも優人はありがとうと言ってくれたけれど。
去年も大切だった。けれど今年はそれ以上の気持ちでいる。
彼が生まれた日。
優人と出会えた事を、幸せに思う、誇りに思う。
ただただ感謝でいっぱいだった。
こうして出会えて、自分が生まれて来た事を、初めて感謝した日でもある。
彼を生み、慈しみ育ててくれた優人の両親、そして自分の両親、今まで芽生えた事のない「ありがとう」が、ただただ溢れて来る。
それだけ優人との出会いが、素敵で、大切で、幸せだった――。
私は、空に向けていた視線を、ベッドに放置している携帯電話に向けた。
もう夕方になってしまっている。早くお祝いの言葉を贈らなければ、今日が終わってしまう。
そう考えて、少しだけ焦った私は、携帯電話に近付いて、そのままベッドに座り込む。
携帯電話を手に取って開くと、電話帳から“優人”を開いて、メール作成ボタンを押した。
ここで漸く、話は冒頭へと戻る――。
――――――――
Happy Birthday.
あなたが生まれて来た事
生き続けて来た事
私は心から 感謝します
そして
ここまで築き上げて来た
過去を辿って全て
私は心から 感謝します
――――――――
……ああ、どんな言葉を掻き集めても、世界中の言葉という言葉全てを掻き集めたって、この想いはどうしたってもう、言葉になんて出来ないから。
それならいっそ――……。
それならいっそ、言葉など何も書かずに贈ろうか。
陳腐な言葉で片付けられる感情などでは、もう今はないのだ。
けれど、流石に誕生日なのに空メールを送る訳には行かないので。そんなものすぐに削除されかねないので、メロディは、添付しよう。
誕生日を祝う、あの有名な曲。そうだ、綺麗なオルゴールで。
――――――――
あなたの存在に
私はいつも支えられて来た
私の言葉があなたに届いてくれたなら
ほんの少しでもあなたに刻めたのなら
これ以上、何も望むことなんて無いわ
――――――――
――うん、ない。
今日は、今日だけは、ただこの気持ちが届いてくれたらそれでいい。
「……優人、」
生まれて来てくれて、ありがとう。
――――――――
在り来たりの言葉でしか
私には伝えられないけど
「生まれて来てくれて、ありがとう」
伝わった? 私の想い
伝わった? 私の心
Happy Birthday.
あなたが生まれて来た事
生き続けて来た事
私は心から 感謝します
――――――――
メロディを添付、本当にそれだけでいいのだろうか?
優人からしてみれば、祝ってくれるのはありがたいが、言葉も何もないメールなんか来ても、嬉しくはないだろう。一応メロディは添付してあるけれども。
――どうしようか。
伝えたい事は山ほどあるけれど、それを全部伝えた所で、まるで意味がない。
逆に想いの深さが半減しそうだ。何より鬱陶しい。
――どうしようか。
「伝えたい事……」
ポツリと独り言を呟いた。
誕生日おめでとう、これは誰もが言う言葉で、在り来たり過ぎる。優人が誰より何よりも好きで、大切な事。
出会えて嬉しい、幸せ。
他にも伝えたい事は、本当に山ほどあるけれども。根本的なものは、たった一つだけではないだろうか。
あ……。
「……――とう」
――それだ。
けれどその一言を添えても、優人は意味が分からなくて、きっと困惑の表情を浮かべてしまうだろう。
何より書いてしまったら、もしも優人がその意味を自分なりに解釈した時、その言葉に込められた想いが、何だかちっぽけなものに感じられてしまうかも知れないから、――だから。
「はー……」
そこまで考え、気持ちを落ち着ける為に、一度大きく息を吐いた。
そして、メールの作成画面をまじまじと見つめていると、
「!」
いい事を、思い付いた。
最近の携帯電話は本当に素晴らしい機能が付いているなーと、妙な所で感心する。
私は慣れた手付きでポチポチとボタンを押して、優人宛てに送るメールを作成した。
「――――出来たっ……!」
05/06/XX 17:09
優人
無題
-----------------------
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♪Happy Birthday.mid
-END-
優人には、言葉が何もないように思えて、もしかしたらすぐに削除してしまうかも知れない。こんなもの、嬉しくも何ともないかも知れない。そういった不安は勿論あったけれど。
言葉は“ない”んじゃなくて、“見えない”だけ。
メールに書いた文字色を背景色と同色にして、書き込んだ想いを見えなくした。
みんなと同じになんかしたくない、この想いもこのメールも、世界でたった一つ存在すればいい。
私は、本文にたった一言、
< >
書いた。
見えない想いを、見えない文字にする事で、伝える。
そしてゆっくりと、送信ボタンを押した。
――――――――
届けたメロディは
心まで響いてくれましたか?
溢れる言葉は
何にも書かずに届けたい
白の空白に 見えない文字を刻む
“あ り が と う”
――――――――
彼がこの文字に気付く日は、きっと来ないだろう。
送信し終わって、緊張の糸が解れた私は、はー……と安堵の溜息を漏らし、胸を撫で下ろした。
その直後、優人からすぐに返信が来て、私はビックリしてしまった。
メールを開くとそこには、
<ありがとう>
その一言と、語尾に絵文字が二つ程並んで付いていた。
メロディを添付したので、誕生日のお祝いメールだと分かってくれたのだろう。
最近優人とのメールのやり取りがあまりうまく行っていなかった所為で、落ち込む事も多かったけれど、この返事で、少しだけ元気が出た。
私はそのメールに、返事はしなかった。
開いていた受信ボックスを閉じて、送信ボックスを開く。
先程優人に送ったメールを開くと、編集ボタンを押して、デコレーションで本文欄を黒背景にした。
すると浮かび上がる白色の文字――私の気持ち。
彼がこの文字に気付く日は、きっと来ないだろう。
それでも、良かった。
――――――――
Happy Birthday. Dear...
――――――――
――優人。