真実の永眠
04話 遼遠
あなたが、遠い。
擦れ違った瞬間に、そう思ってしまいました。
あなたは雲の上にある、広大で美しい、空。
私は、地味な羽を持つ、蝶。
空へ向かって、飛んでもいいですか?
あなたへ向かって飛んでも――いいですか?
*
六月五日、日曜日。
「うわぁ、広いなぁ」
今日の試合会場は、とても大きくてかなり広かった。外観から立派なものだと伺えたが、館内も予想に反する事無く立派なものだった。準決勝戦、決勝戦が行われるには、持って来いの会場だ。
「どの辺に座ろうか?」
「私は周りにあまり人がいないとこがいいかな」
「じゃあ、あの辺に行こうか」
麻衣ちゃんがそう言って指を差した先は、館内の入り口から西側に当たる場所だった。その辺を目指して歩いていると、
「あ! 麻衣ちゃんに雪ちゃん!」
私達を呼ぶ声が、応援席から聞こえた。
呼んだのは、同じ学校に通う同級生の菜々ちゃんと理恵ちゃんだった。
「二人も試合観に来てたんだー」
麻衣ちゃんが嬉しそうに二人に駆け寄った。私もそれに、のんびりとついて行く。
菜々ちゃんとは何度か話した事がありアドレス交換もしていた為、それなりに仲は良かったのだけれど、理恵ちゃんと話した事は一度もなかった。偶然にも居合わせた菜々ちゃん達と、そのまま四人で試合観戦をする事にした。
「T高校のバレー部員ってカッコイイよね!」
そう口を開いたのは理恵ちゃんだ。
「うん、試合中継とかでテレビにも出たりしてるから、結構有名人だったりするしね」
「レギュラーは全員、彼女持ちらしいよ」
バレー部員の話を、私を抜いた三人がしている。
「菜々の彼氏もT高校の人なんだよ。彼氏一つ上で三年」
「そうなんだー」
麻衣ちゃんもそれは知らなかったらしく、驚いた様子で言った。
T高校に彼がいる人多いんだなぁ、なんて思ったけれど、口を開く事なく三人の会話に耳を傾けていた。
菜々ちゃんと理恵ちゃんは、男子バレー部のマネージャーをしている。こうして試合を通じて、T高校の彼と知り合ったんだろう。
女子四人集まると、大抵会話に花が咲いて、恋の話で盛り上がったりするものだが、今はまさにその状態になっており、試合の事などそっちのけで恋の話が続いている。
「雪音ちゃん、だっけ? 麻衣ちゃんの付き添いで来たの?」
試合を観ていた私に、話した事のなかった理恵ちゃんが声を掛けて来た。
「え、うん。まぁ、」
同じ学校だから流石に初対面ではなかったが、人見知りする性格の所為で、話した事のない理恵ちゃんと話すのは妙に緊張した。でも多分、気さくな子なんだと思う。裏表がなさそうで、人見知りの自分でも何だか仲良くなれそうな気がした。
「そうなんだ。雪音ちゃんは彼氏いる?」
「ううん、いない」
「あたしもいないんだ~。欲しいんだけどね。でも実は、T高校に好きな人はいるんだ」
「えっ、そうなんだ」
初めて話す相手に、そんな事を話してしまう理恵ちゃんに多少驚きはしたが、少しだけ嬉しくも感じた。話してくれるのはやはり嬉しいと感じる。
理恵ちゃんの片想いしてる人は、恐らくレギュラーではないかと思う。
「あの人だよ」
そう言って理恵ちゃんが指差した先を、一緒に見た。
ユニフォームを着用して、ガンガンに攻め込んでいる、予想に反する事のないレギュラーだった。でも、レギュラーって……。
「へぇ、あの人なんだ。でもさっき……」
「ん?」
理恵ちゃんの好きな人を確認し、彼女に視線を戻し放った私の言葉は、それ以上を言ってもいいのかと躊躇ってしまった為、語尾が小さくなってしまった。
それに対し、理恵ちゃんは特に気にした素振りは見せなかった。私は躊躇いがちに口を開くと、その先を言った。
「さっき、T高校のレギュラーはみんな彼女がいるって……。じゃあ理恵ちゃんの好きな人も?」
そう。先刻の会話でその事実を聞いていたから、もしもそれが真実ならば、彼女がいる事を知っていて彼を想っている理恵ちゃんは、今どんな気持ちなのだろうか。
目の前の彼女は、やはりあまり気にする様子もなく、
「うん、彼女いるよ。一年くらい付き合ってるんだって。でも一応彼とメールや電話はしたりしてる」
「……」
彼女がいるのに、いいのかな……。
そう思ったけれど、「そうなんだ……」としか言わなかった。
今話したばかりの友達に、彼女の気持ち考えたの? なんていきなり説教もどうかと思ったから。それに、堂々とそう教えてくれたのは、好きな人とその彼女は、いい付き合いなのかも知れない。異性と連絡取り合う事を寛大に許せる程に。
「……でも好きな人に彼女がいるって、辛いね……」
私は、もしかしたら自分の好きな人にも彼女がいるかも知れない、と。その不安からそんな言葉を口にした。
「そうだね……」
呟くようにそう答えた理恵ちゃんは、今度ばかりは少し寂しそうな表情をした。
ワァァァ、と。歓声が上がる。
その声にハッとし、今は試合中だったのだと知らされた。
話に夢中だったり、考え事をしながら観戦していた所為で、よく分からないままに試合が終了していた。
三十分の休憩が設けられ、その後、午後から決勝戦が行われるという。
決勝戦に出場するのは、T高校とS高校だ。誰もが予想した結果だった。
例の彼は試合に出ていないけれど、彼の学校が勝ち進んで行くのは、やはり嬉しいものだった。
「ちょっとトイレに行って来るね」
立ち上がり、三人に席を外す事を伝えた。
「うん、了解」
「行ってらっしゃーい」
その返事に軽く頷いて見せると、館内の化粧室に向かう為、私は歩き出した。
人が多いし、一般客が使える化粧室は一つしかないから、恐らく混んでいるだろう。そんな事を考えながら目的の場所に辿り着くと、案の定混んでいた。
漸く化粧室から出る事が出来た私は、三人の元へ戻る為に、先を急いでいた。その途中にT高校のバレー部員何人かと擦れ違った。次の試合に備えての準備や、監督の指示があった為、移動をしているのだろう。
それ等を視界の隅に入れながら、三人の元へ向かう途中。
彼と、擦れ違った。
ずっと遠くから見ていた、一目見て好きになってしまった彼と。
こんなに近くで、擦れ違った。
カッコイイとか、可愛いとか、どんな言葉で形容したらいいのか迷う程に、彼は凄く凄く、綺麗だった。
……結局の所、“綺麗”と形容しているのだが。
空のような人。彼は、空のような、人だった。
届かない気がした。
自分なんかが好きになってもいいのだろうか、そう思った。
*
あなたが、遠い。
擦れ違った瞬間に、そう思ってしまいました。
あなたは雲の上にある、広大で美しい、空。
私は、地味な羽を持つ、蝶。
空へ向かって、飛んでもいいですか?
あなたへ向かって飛んでも――いいですか?
喩えるならば、空でした。
最初から最後まで、あなたは。
空のような、人でした。
擦れ違った瞬間に、そう思ってしまいました。
あなたは雲の上にある、広大で美しい、空。
私は、地味な羽を持つ、蝶。
空へ向かって、飛んでもいいですか?
あなたへ向かって飛んでも――いいですか?
*
六月五日、日曜日。
「うわぁ、広いなぁ」
今日の試合会場は、とても大きくてかなり広かった。外観から立派なものだと伺えたが、館内も予想に反する事無く立派なものだった。準決勝戦、決勝戦が行われるには、持って来いの会場だ。
「どの辺に座ろうか?」
「私は周りにあまり人がいないとこがいいかな」
「じゃあ、あの辺に行こうか」
麻衣ちゃんがそう言って指を差した先は、館内の入り口から西側に当たる場所だった。その辺を目指して歩いていると、
「あ! 麻衣ちゃんに雪ちゃん!」
私達を呼ぶ声が、応援席から聞こえた。
呼んだのは、同じ学校に通う同級生の菜々ちゃんと理恵ちゃんだった。
「二人も試合観に来てたんだー」
麻衣ちゃんが嬉しそうに二人に駆け寄った。私もそれに、のんびりとついて行く。
菜々ちゃんとは何度か話した事がありアドレス交換もしていた為、それなりに仲は良かったのだけれど、理恵ちゃんと話した事は一度もなかった。偶然にも居合わせた菜々ちゃん達と、そのまま四人で試合観戦をする事にした。
「T高校のバレー部員ってカッコイイよね!」
そう口を開いたのは理恵ちゃんだ。
「うん、試合中継とかでテレビにも出たりしてるから、結構有名人だったりするしね」
「レギュラーは全員、彼女持ちらしいよ」
バレー部員の話を、私を抜いた三人がしている。
「菜々の彼氏もT高校の人なんだよ。彼氏一つ上で三年」
「そうなんだー」
麻衣ちゃんもそれは知らなかったらしく、驚いた様子で言った。
T高校に彼がいる人多いんだなぁ、なんて思ったけれど、口を開く事なく三人の会話に耳を傾けていた。
菜々ちゃんと理恵ちゃんは、男子バレー部のマネージャーをしている。こうして試合を通じて、T高校の彼と知り合ったんだろう。
女子四人集まると、大抵会話に花が咲いて、恋の話で盛り上がったりするものだが、今はまさにその状態になっており、試合の事などそっちのけで恋の話が続いている。
「雪音ちゃん、だっけ? 麻衣ちゃんの付き添いで来たの?」
試合を観ていた私に、話した事のなかった理恵ちゃんが声を掛けて来た。
「え、うん。まぁ、」
同じ学校だから流石に初対面ではなかったが、人見知りする性格の所為で、話した事のない理恵ちゃんと話すのは妙に緊張した。でも多分、気さくな子なんだと思う。裏表がなさそうで、人見知りの自分でも何だか仲良くなれそうな気がした。
「そうなんだ。雪音ちゃんは彼氏いる?」
「ううん、いない」
「あたしもいないんだ~。欲しいんだけどね。でも実は、T高校に好きな人はいるんだ」
「えっ、そうなんだ」
初めて話す相手に、そんな事を話してしまう理恵ちゃんに多少驚きはしたが、少しだけ嬉しくも感じた。話してくれるのはやはり嬉しいと感じる。
理恵ちゃんの片想いしてる人は、恐らくレギュラーではないかと思う。
「あの人だよ」
そう言って理恵ちゃんが指差した先を、一緒に見た。
ユニフォームを着用して、ガンガンに攻め込んでいる、予想に反する事のないレギュラーだった。でも、レギュラーって……。
「へぇ、あの人なんだ。でもさっき……」
「ん?」
理恵ちゃんの好きな人を確認し、彼女に視線を戻し放った私の言葉は、それ以上を言ってもいいのかと躊躇ってしまった為、語尾が小さくなってしまった。
それに対し、理恵ちゃんは特に気にした素振りは見せなかった。私は躊躇いがちに口を開くと、その先を言った。
「さっき、T高校のレギュラーはみんな彼女がいるって……。じゃあ理恵ちゃんの好きな人も?」
そう。先刻の会話でその事実を聞いていたから、もしもそれが真実ならば、彼女がいる事を知っていて彼を想っている理恵ちゃんは、今どんな気持ちなのだろうか。
目の前の彼女は、やはりあまり気にする様子もなく、
「うん、彼女いるよ。一年くらい付き合ってるんだって。でも一応彼とメールや電話はしたりしてる」
「……」
彼女がいるのに、いいのかな……。
そう思ったけれど、「そうなんだ……」としか言わなかった。
今話したばかりの友達に、彼女の気持ち考えたの? なんていきなり説教もどうかと思ったから。それに、堂々とそう教えてくれたのは、好きな人とその彼女は、いい付き合いなのかも知れない。異性と連絡取り合う事を寛大に許せる程に。
「……でも好きな人に彼女がいるって、辛いね……」
私は、もしかしたら自分の好きな人にも彼女がいるかも知れない、と。その不安からそんな言葉を口にした。
「そうだね……」
呟くようにそう答えた理恵ちゃんは、今度ばかりは少し寂しそうな表情をした。
ワァァァ、と。歓声が上がる。
その声にハッとし、今は試合中だったのだと知らされた。
話に夢中だったり、考え事をしながら観戦していた所為で、よく分からないままに試合が終了していた。
三十分の休憩が設けられ、その後、午後から決勝戦が行われるという。
決勝戦に出場するのは、T高校とS高校だ。誰もが予想した結果だった。
例の彼は試合に出ていないけれど、彼の学校が勝ち進んで行くのは、やはり嬉しいものだった。
「ちょっとトイレに行って来るね」
立ち上がり、三人に席を外す事を伝えた。
「うん、了解」
「行ってらっしゃーい」
その返事に軽く頷いて見せると、館内の化粧室に向かう為、私は歩き出した。
人が多いし、一般客が使える化粧室は一つしかないから、恐らく混んでいるだろう。そんな事を考えながら目的の場所に辿り着くと、案の定混んでいた。
漸く化粧室から出る事が出来た私は、三人の元へ戻る為に、先を急いでいた。その途中にT高校のバレー部員何人かと擦れ違った。次の試合に備えての準備や、監督の指示があった為、移動をしているのだろう。
それ等を視界の隅に入れながら、三人の元へ向かう途中。
彼と、擦れ違った。
ずっと遠くから見ていた、一目見て好きになってしまった彼と。
こんなに近くで、擦れ違った。
カッコイイとか、可愛いとか、どんな言葉で形容したらいいのか迷う程に、彼は凄く凄く、綺麗だった。
……結局の所、“綺麗”と形容しているのだが。
空のような人。彼は、空のような、人だった。
届かない気がした。
自分なんかが好きになってもいいのだろうか、そう思った。
*
あなたが、遠い。
擦れ違った瞬間に、そう思ってしまいました。
あなたは雲の上にある、広大で美しい、空。
私は、地味な羽を持つ、蝶。
空へ向かって、飛んでもいいですか?
あなたへ向かって飛んでも――いいですか?
喩えるならば、空でした。
最初から最後まで、あなたは。
空のような、人でした。