真実の永眠
34話 一緒
とある一室に、五人の男女がいる。
その部屋の所有者である中本さんは、ベッドの上で胡坐をかいて座り、雑誌を読んでいる。
その彼女である麻衣ちゃんは、先刻までベッドに腰掛けていたのだが、その体勢に疲れてしまったのか、今は中本さんの横でだらんと寝転がっていた。
途中で加わった優人と大石さん。
大石さんは、ここはお前の部屋か? と思わせるくらい自然に、テレビを点けてゲームを始めていた。
優人は、四角いテーブルの横に胡坐をかいて座り、私が先刻まで読んでいたサッカー漫画を読んでいる。
そして私はというと。
している事は、みんなと何ら変わりはない。
途中のまま傍らに置いたサッカー漫画の続きを読んでいるのだが、実はそんな姿を装っているだけで、全神経が優人に集中していた。
まったりとした空気の中、それぞれが好きな事をしていて、時折挟まれるそれぞれの談笑。優人が少しでも口を開こうものなら、聞いていないフリをしながらもしっかりとその言葉一つ一つに反応している(口は挟まないが)。
私の頭を支配するものは、手元にあり瞳に映している漫画なんかではないのだ。
四角いテーブルは、部屋を入って一番奥に位置するベッドの隣に配置してある。
ベッドに寝転がって足元に当たる部分、隅っこに座っている私の少し前に、優人は座っていた。顔を上げて真正面を向くと、優人の横顔が映る位置だ。
だから、私の視界には、下を向いていたってどうしても優人が映ってしまい、そうでなくてもここに存在するというだけで意識してしまうのに、今の状況は非常に酷だ。心臓に悪い。
私は心の中で、深呼吸をした。
カチカチと時を数える時計は、十六時を指そうとしていた。
みんなで談笑していると、不意に優人が、何の意図があってそうしたのかは定かではないが(恐らく、メール・着信のチェック、若しくは時刻確認のどちらかだと思われる)、制服ズボンのポケットから、携帯電話を取り出した。
その仕草が視界に入ったので、何気無くそちらに目をやった。
――あっ……。
次の瞬間、私の表情はハッとしたように一変する。
優人の、携帯電話。
私は、羽織っていたコートのポケットに仕舞ってある自分の携帯電話を、服の上から無意識に握り締めた。
優人の持っていた、携帯電話。
――携帯、新しいのに変えたい。
――Nの新機種に水色があるんだけど、それが欲しい。
――俺は、その機種の茶色がいいな。
――これでしょ? 欲しいって言ってた携帯。
――近い内に絶対これ買う!
いつかの、優人との会話。
それらが脳裏に蘇る。
嬉しかったんだ。それを、忘れる事なんてありはしない。
私は、いつか二人で交わした言葉達を反芻した。
彼は――優人は、憶えてくれていたのだろうか。
「……あれ、雪音ちゃんと同じ携帯じゃない?」
いつの間にか麻衣ちゃんは、上半身を起こしてこちらに寄って来ていた。
麻衣ちゃんが優人の携帯電話を眺めながらぼそっと耳打ちしてきた言葉に、私は小さく「うん……」と呟き頷いた。
優人の持っていた、携帯電話。
それは紛れもなく、いつかの、
――俺はその機種の茶色がいいな。
優人の左手には、言葉通り、自分と同機種の茶色の携帯電話が、握られていた。
確かに欲しいとは話したけれど、まさか本当にそれを買うとは思っていなかった私は、携帯電話を見つめたまま、暫くは固まってしまった。
たまたま、欲しいと思ったものが被っただけ。そこに特別な意味なんてありはしないのに、分かってはいるのに、まるであの時の会話が二人の約束事みたいで。
そんな事は有り得ないのに。
そうだ、たまたま欲しいと思ったものが、本当に偶然被っただけなんだ。
それでもやっぱり。
携帯電話から視線を外して俯くと、周りに気付かれない程度に、顔を綻ばせた。
嬉しかった。
私は、コートの上から握り締めていた携帯電話を、今度は優しく、大切なものを扱うかのように握り直した。
水色の、携帯電話。優人と、同機種の。
携帯一緒だね、優人もそれ買ったんだ。それを笑顔で言えたら可愛げがあるのかも知れないが、何だか同じ携帯電話を持っているという事に妙に恥ずかしくなってしまって、コートのポケットに仕舞われた携帯電話は、それから優人の前で一度も出される事はなかった。
もしも相手が同じだと気付いた時、お前真似してんじゃねーよ! となってしまっても嫌だったので。実は自分の方が先にそれを欲しいと言い出した事に、思い出して貰えなかったら悲しい。真似をしたのは寧ろ(真似、という言葉が適切なのかは別として)、優人の方になるのだけれど。
俯き加減だった顔を上げて、優人の横顔を見た。
確認が終わったのか、携帯電話をパカッと閉じて、そしてそれはポケットの中に仕舞われていく。その所作は時間で言うとほんの一瞬だったけれど、携帯電話を見ていた時間はとても長く感じた。
こちらの視線に気付いているのかいないのか、優人は特に気にした様子はなく、ゆっくりとその動作を行った。
そして再び漫画に手を伸ばすと、それを読み始める。
私と麻衣ちゃんでこれらの事について、ボソボソと二人にしか聞こえない声で話していた。
その部屋の所有者である中本さんは、ベッドの上で胡坐をかいて座り、雑誌を読んでいる。
その彼女である麻衣ちゃんは、先刻までベッドに腰掛けていたのだが、その体勢に疲れてしまったのか、今は中本さんの横でだらんと寝転がっていた。
途中で加わった優人と大石さん。
大石さんは、ここはお前の部屋か? と思わせるくらい自然に、テレビを点けてゲームを始めていた。
優人は、四角いテーブルの横に胡坐をかいて座り、私が先刻まで読んでいたサッカー漫画を読んでいる。
そして私はというと。
している事は、みんなと何ら変わりはない。
途中のまま傍らに置いたサッカー漫画の続きを読んでいるのだが、実はそんな姿を装っているだけで、全神経が優人に集中していた。
まったりとした空気の中、それぞれが好きな事をしていて、時折挟まれるそれぞれの談笑。優人が少しでも口を開こうものなら、聞いていないフリをしながらもしっかりとその言葉一つ一つに反応している(口は挟まないが)。
私の頭を支配するものは、手元にあり瞳に映している漫画なんかではないのだ。
四角いテーブルは、部屋を入って一番奥に位置するベッドの隣に配置してある。
ベッドに寝転がって足元に当たる部分、隅っこに座っている私の少し前に、優人は座っていた。顔を上げて真正面を向くと、優人の横顔が映る位置だ。
だから、私の視界には、下を向いていたってどうしても優人が映ってしまい、そうでなくてもここに存在するというだけで意識してしまうのに、今の状況は非常に酷だ。心臓に悪い。
私は心の中で、深呼吸をした。
カチカチと時を数える時計は、十六時を指そうとしていた。
みんなで談笑していると、不意に優人が、何の意図があってそうしたのかは定かではないが(恐らく、メール・着信のチェック、若しくは時刻確認のどちらかだと思われる)、制服ズボンのポケットから、携帯電話を取り出した。
その仕草が視界に入ったので、何気無くそちらに目をやった。
――あっ……。
次の瞬間、私の表情はハッとしたように一変する。
優人の、携帯電話。
私は、羽織っていたコートのポケットに仕舞ってある自分の携帯電話を、服の上から無意識に握り締めた。
優人の持っていた、携帯電話。
――携帯、新しいのに変えたい。
――Nの新機種に水色があるんだけど、それが欲しい。
――俺は、その機種の茶色がいいな。
――これでしょ? 欲しいって言ってた携帯。
――近い内に絶対これ買う!
いつかの、優人との会話。
それらが脳裏に蘇る。
嬉しかったんだ。それを、忘れる事なんてありはしない。
私は、いつか二人で交わした言葉達を反芻した。
彼は――優人は、憶えてくれていたのだろうか。
「……あれ、雪音ちゃんと同じ携帯じゃない?」
いつの間にか麻衣ちゃんは、上半身を起こしてこちらに寄って来ていた。
麻衣ちゃんが優人の携帯電話を眺めながらぼそっと耳打ちしてきた言葉に、私は小さく「うん……」と呟き頷いた。
優人の持っていた、携帯電話。
それは紛れもなく、いつかの、
――俺はその機種の茶色がいいな。
優人の左手には、言葉通り、自分と同機種の茶色の携帯電話が、握られていた。
確かに欲しいとは話したけれど、まさか本当にそれを買うとは思っていなかった私は、携帯電話を見つめたまま、暫くは固まってしまった。
たまたま、欲しいと思ったものが被っただけ。そこに特別な意味なんてありはしないのに、分かってはいるのに、まるであの時の会話が二人の約束事みたいで。
そんな事は有り得ないのに。
そうだ、たまたま欲しいと思ったものが、本当に偶然被っただけなんだ。
それでもやっぱり。
携帯電話から視線を外して俯くと、周りに気付かれない程度に、顔を綻ばせた。
嬉しかった。
私は、コートの上から握り締めていた携帯電話を、今度は優しく、大切なものを扱うかのように握り直した。
水色の、携帯電話。優人と、同機種の。
携帯一緒だね、優人もそれ買ったんだ。それを笑顔で言えたら可愛げがあるのかも知れないが、何だか同じ携帯電話を持っているという事に妙に恥ずかしくなってしまって、コートのポケットに仕舞われた携帯電話は、それから優人の前で一度も出される事はなかった。
もしも相手が同じだと気付いた時、お前真似してんじゃねーよ! となってしまっても嫌だったので。実は自分の方が先にそれを欲しいと言い出した事に、思い出して貰えなかったら悲しい。真似をしたのは寧ろ(真似、という言葉が適切なのかは別として)、優人の方になるのだけれど。
俯き加減だった顔を上げて、優人の横顔を見た。
確認が終わったのか、携帯電話をパカッと閉じて、そしてそれはポケットの中に仕舞われていく。その所作は時間で言うとほんの一瞬だったけれど、携帯電話を見ていた時間はとても長く感じた。
こちらの視線に気付いているのかいないのか、優人は特に気にした様子はなく、ゆっくりとその動作を行った。
そして再び漫画に手を伸ばすと、それを読み始める。
私と麻衣ちゃんでこれらの事について、ボソボソと二人にしか聞こえない声で話していた。