真実の永眠
40話 恋占
十一月も半ばになり、肌寒くなってきた。
だが、地元と比べ、ここはあまり寒いと感じない。緑の量や建物数の問題だろうか。
仕事内容も殆ど覚え、地理も割りと覚えてきた。徒歩で出掛ける事も増えた為、細かい道や隠れ家のような店まで発見出来た。
ここでの生活も、もうすっかり慣れた頃の、ある夜――……。
淡いピンク色の花柄カーテンを少しだけ開けて、私はベッドの上から、ぼんやりと外を眺めていた。
カチ、カチ、っと、規則正しく静かな音を立てる時計は、午前二時を表していた。あの時計に狂いはない。それは、今は夜中である事を示していた。
家の中も、外も、とても静かだった。時たま車の通りすぎる音が微かに聞こえてきたり、遠く、信号の点滅している光が見える。
ベッドの横、床に(絨毯は勿論敷いてある)直接布団を敷いて寝ている夕海を一瞥した。
夕海は、ベッドよりも、床に布団を敷いて寝る方が好きなのだそうだ。
私はまた外を眺める。
色々考え事をしていると、どうにも眠れなかった。
大きく、溜息をつく。
……優人は、どうしているだろうか。
私は、遠い地で彼を想う。
彼の居場所は皮肉な事に、私が愛し育った街だ。彼が一人暮らしをする以前も、県の中央と県の端っこという距離で、それでもなかなかの距離があり遠くに感じてはいたが……今は……。
心が、絶望感でいっぱいになる。
八月の半ば以来、彼とは連絡を取り合っていなく、どうしているのかずっと気になっていた。
本当は、ずっとメールを送りたかった。でも私は、忘れる為にここに来る事を選択したのだ。そんな事をしたら、忘れられなくなる。
もうメールはしない、そんな風にも優人には言ってしまっているから……。それにメールをしたって、どうせもう、私達は変わらない。この距離は埋められない。
返事をくれる事は嬉しい。だけど、やはり素っ気ないメールなど、もう見たくはないから。……そんな風に、ずっと思っていたのだけれど。
今までよりも距離が離れて、素っ気ないメールでも、メールを出来る事自体がとても幸せな事なんだと気付いた。
だけど、会いたいとすら思ってはいけないような、この距離は。遠すぎるんだ。地の距離も、心の距離も。
……メールをしなくなって、三ヶ月。
流石に私の事を忘れてはいないだろうが、もしかすると、アドレスを消去されてしまっているかも知れない。連絡を数ヶ月取り合わないだけで、友達整理をする人も中にはいるから……優人はそうじゃないと思うが。
……そもそもアドレス登録をしてくれていたのだろうか、今まで。
優人の事になると、どうしてもネガティブ思考になってしまう。
私はまた、大きく溜息をついた。
……優人。
私はまだ、あなたが好きです。忘れる事は……出来ない。お互いの為に、忘れなければならないのに、忘れられない。だけど、私はきっと、あなたを忘れたくはないんでしょう。
忘れられないのも本当で。忘れたくないのも本当。
また、話がしたい。また、会いたい。
……これから、どうすればいいだろう。この気持ちを、どうすればいいだろう。
優人……、忘れられなくて、ごめんなさい。
私はあなたが、大好きです。好きでいたい。
ポタポタと、涙が零れ落ちる。
優人への想いを胸中に並べると、こんなにも確かな想いがあるのだと気付いた。
でも、もうどうしようもない。
涙を拭って鼻を啜ると、夕海がもぞもぞと動いたから、起こしてしまったかと少し焦ったけれど、ただ寝返りを打っただけだったのでほっとした。
ティッシュやら服の袖やらで涙を拭い切ると、私は携帯電話を開いてネットで今日の運勢を見た。
どうせ当たらないだろうと思いながらも、何故か毎日チェックしてしまう。
私は総合運を見た後、いつものように恋愛運の項目をクリックした。
「――……っ……」
たった今拭った筈の涙が、溢れてくる。私は両手で顔を覆う程、泣いた。
携帯電話がするっと手から零れ落ちて、掛け布団の上に転がった。
「うっ、うっ……」
放置された携帯電話の照明が、少しだけ薄暗くなって、その画面上にも、大粒の涙は落ちていった。
画面上に、並べられた言葉に、
[忘れられない想いを、手放さないで。あなたが大切なものを大切にし、迷わず進みなさい]
どれだけこの心は、救われただろう。
欲しかった言葉。背中を押してくれる言葉。
占いなんて所詮占いでしかなくて、当たるものだと思ってはいなかったのに。
きっと、限界を感じていたのだろう。こんな言葉に涙してしまう程、心がいっぱいいっぱいだったのだと知った。
何かが解き放たれたかのように、私は泣き続けた。
それから暫く涙が止まらなかったが、今は漸く落ち着いて、私の心はとても晴れやかなものになった。
時刻は午前三時半。
いつの間にかこんな時間になっていた。
私は占いの言葉に勇気を与えられ、今日は優人にメールを送ろうと決意をした。
私の気持ちを、きちんと言葉にして伝えるんだ。
だから今、優人に送るメールを作成しよう。
今の時間は送れないけれど、メールを作成しておくだけなら出来る。それを今日の夕方にでも、送ればいいのだから。
伝えたい言葉。
ゆっくりと、文字を打つ。
<お久し振りです。私の事覚えてる? 雪音です――――
まず、最初にこう書いた。
彼は私の事を覚えているのは分かっているが、一応名乗った。アドレスを消去していた時の為に、名前が必要だと判断したからだ。
――何度か伝えたけれど、鬱陶しいかも知れないけど、私は今でも、優人が好きです。もしかしたらもう、好きな人か彼女が出来ているかも知れないけど……――
そう。彼の通っているK短は、女子が多い。
優人は、その中できっと素敵な人を見付けるだろう。或いは既に、見付けているだろう。
そう思った。だけど……。
――もしいなかったら、また前みたいにメールをしてもいいですか?>
素直を気持ちを、書いた。
ここでどんな拒絶の言葉が返ってきても、もういいやって思えるくらい素直に。
このメールを読んだ直後彼は、一体どんな表情をするだろう。鬱陶しいな……って、不快な想いをするだろうか。
どんな言葉が返ってくるのか、少しも想像が出来なかった。
私はたった今打ったこのメールを保存し、布団に包まって寝転んだ。
夕方になったら、送ろう。
私は、勇気を与えてくれた、背中を押してくれた、心を救ってくれた占いの言葉に感謝しながら、眠りについた。
*
――夕方になって。
私はまた、ボロボロと涙を流していた。
「――はい。」
仕事を終えて帰って来た夕海に、箱ティッシュを差し出される。
「……ありがと」
ずるずると鼻を啜りながら、私は涙を拭っていた。
顔に、――笑顔を張り付かせて。
<勿論覚えてるよ。今でも想ってくれてたなんて俺も嬉しい。彼女はいないし、メールも全然いいよ>
優人からの返事には、こう書かれていた。
嬉しくて、嬉しくて。あまりの嬉しさに、涙が溢れてきたのだ。
勿論――って。まるで「当たり前じゃないか」って意味がその単語に込められている気がして嬉しかった。
告白の返事が書かれていない事など、この際もうどうだって良かった。元々告白に返事が欲しかった訳ではなかったから。それに「嬉しい」と、言ってくれた。鬱陶しいだけの想いだと思っていたから、拒絶の言葉があったとしても仕方ないと思っていたから。
「でもほんと良かったね」
夕海も嬉しそうだった。どこかほっとした笑顔で、そう言われた。
「うん……! ほんとにほんとに良かった……嬉しい」
私は潤んだ瞳を、またゴシゴシと袖で拭うと、優人のメールに、返事をした。
――――――――
約束などない未来に
涙溢れて 終わりにしても
あなたを忘れた事など
一瞬たりともなかった
最後の勇気 偽りない言葉
やっと全てが満たされた
明日には何かが変わるから……と
そう信じ続けて
この何年もの道を
ひらすら歩き続けた
――――――――
だが、地元と比べ、ここはあまり寒いと感じない。緑の量や建物数の問題だろうか。
仕事内容も殆ど覚え、地理も割りと覚えてきた。徒歩で出掛ける事も増えた為、細かい道や隠れ家のような店まで発見出来た。
ここでの生活も、もうすっかり慣れた頃の、ある夜――……。
淡いピンク色の花柄カーテンを少しだけ開けて、私はベッドの上から、ぼんやりと外を眺めていた。
カチ、カチ、っと、規則正しく静かな音を立てる時計は、午前二時を表していた。あの時計に狂いはない。それは、今は夜中である事を示していた。
家の中も、外も、とても静かだった。時たま車の通りすぎる音が微かに聞こえてきたり、遠く、信号の点滅している光が見える。
ベッドの横、床に(絨毯は勿論敷いてある)直接布団を敷いて寝ている夕海を一瞥した。
夕海は、ベッドよりも、床に布団を敷いて寝る方が好きなのだそうだ。
私はまた外を眺める。
色々考え事をしていると、どうにも眠れなかった。
大きく、溜息をつく。
……優人は、どうしているだろうか。
私は、遠い地で彼を想う。
彼の居場所は皮肉な事に、私が愛し育った街だ。彼が一人暮らしをする以前も、県の中央と県の端っこという距離で、それでもなかなかの距離があり遠くに感じてはいたが……今は……。
心が、絶望感でいっぱいになる。
八月の半ば以来、彼とは連絡を取り合っていなく、どうしているのかずっと気になっていた。
本当は、ずっとメールを送りたかった。でも私は、忘れる為にここに来る事を選択したのだ。そんな事をしたら、忘れられなくなる。
もうメールはしない、そんな風にも優人には言ってしまっているから……。それにメールをしたって、どうせもう、私達は変わらない。この距離は埋められない。
返事をくれる事は嬉しい。だけど、やはり素っ気ないメールなど、もう見たくはないから。……そんな風に、ずっと思っていたのだけれど。
今までよりも距離が離れて、素っ気ないメールでも、メールを出来る事自体がとても幸せな事なんだと気付いた。
だけど、会いたいとすら思ってはいけないような、この距離は。遠すぎるんだ。地の距離も、心の距離も。
……メールをしなくなって、三ヶ月。
流石に私の事を忘れてはいないだろうが、もしかすると、アドレスを消去されてしまっているかも知れない。連絡を数ヶ月取り合わないだけで、友達整理をする人も中にはいるから……優人はそうじゃないと思うが。
……そもそもアドレス登録をしてくれていたのだろうか、今まで。
優人の事になると、どうしてもネガティブ思考になってしまう。
私はまた、大きく溜息をついた。
……優人。
私はまだ、あなたが好きです。忘れる事は……出来ない。お互いの為に、忘れなければならないのに、忘れられない。だけど、私はきっと、あなたを忘れたくはないんでしょう。
忘れられないのも本当で。忘れたくないのも本当。
また、話がしたい。また、会いたい。
……これから、どうすればいいだろう。この気持ちを、どうすればいいだろう。
優人……、忘れられなくて、ごめんなさい。
私はあなたが、大好きです。好きでいたい。
ポタポタと、涙が零れ落ちる。
優人への想いを胸中に並べると、こんなにも確かな想いがあるのだと気付いた。
でも、もうどうしようもない。
涙を拭って鼻を啜ると、夕海がもぞもぞと動いたから、起こしてしまったかと少し焦ったけれど、ただ寝返りを打っただけだったのでほっとした。
ティッシュやら服の袖やらで涙を拭い切ると、私は携帯電話を開いてネットで今日の運勢を見た。
どうせ当たらないだろうと思いながらも、何故か毎日チェックしてしまう。
私は総合運を見た後、いつものように恋愛運の項目をクリックした。
「――……っ……」
たった今拭った筈の涙が、溢れてくる。私は両手で顔を覆う程、泣いた。
携帯電話がするっと手から零れ落ちて、掛け布団の上に転がった。
「うっ、うっ……」
放置された携帯電話の照明が、少しだけ薄暗くなって、その画面上にも、大粒の涙は落ちていった。
画面上に、並べられた言葉に、
[忘れられない想いを、手放さないで。あなたが大切なものを大切にし、迷わず進みなさい]
どれだけこの心は、救われただろう。
欲しかった言葉。背中を押してくれる言葉。
占いなんて所詮占いでしかなくて、当たるものだと思ってはいなかったのに。
きっと、限界を感じていたのだろう。こんな言葉に涙してしまう程、心がいっぱいいっぱいだったのだと知った。
何かが解き放たれたかのように、私は泣き続けた。
それから暫く涙が止まらなかったが、今は漸く落ち着いて、私の心はとても晴れやかなものになった。
時刻は午前三時半。
いつの間にかこんな時間になっていた。
私は占いの言葉に勇気を与えられ、今日は優人にメールを送ろうと決意をした。
私の気持ちを、きちんと言葉にして伝えるんだ。
だから今、優人に送るメールを作成しよう。
今の時間は送れないけれど、メールを作成しておくだけなら出来る。それを今日の夕方にでも、送ればいいのだから。
伝えたい言葉。
ゆっくりと、文字を打つ。
<お久し振りです。私の事覚えてる? 雪音です――――
まず、最初にこう書いた。
彼は私の事を覚えているのは分かっているが、一応名乗った。アドレスを消去していた時の為に、名前が必要だと判断したからだ。
――何度か伝えたけれど、鬱陶しいかも知れないけど、私は今でも、優人が好きです。もしかしたらもう、好きな人か彼女が出来ているかも知れないけど……――
そう。彼の通っているK短は、女子が多い。
優人は、その中できっと素敵な人を見付けるだろう。或いは既に、見付けているだろう。
そう思った。だけど……。
――もしいなかったら、また前みたいにメールをしてもいいですか?>
素直を気持ちを、書いた。
ここでどんな拒絶の言葉が返ってきても、もういいやって思えるくらい素直に。
このメールを読んだ直後彼は、一体どんな表情をするだろう。鬱陶しいな……って、不快な想いをするだろうか。
どんな言葉が返ってくるのか、少しも想像が出来なかった。
私はたった今打ったこのメールを保存し、布団に包まって寝転んだ。
夕方になったら、送ろう。
私は、勇気を与えてくれた、背中を押してくれた、心を救ってくれた占いの言葉に感謝しながら、眠りについた。
*
――夕方になって。
私はまた、ボロボロと涙を流していた。
「――はい。」
仕事を終えて帰って来た夕海に、箱ティッシュを差し出される。
「……ありがと」
ずるずると鼻を啜りながら、私は涙を拭っていた。
顔に、――笑顔を張り付かせて。
<勿論覚えてるよ。今でも想ってくれてたなんて俺も嬉しい。彼女はいないし、メールも全然いいよ>
優人からの返事には、こう書かれていた。
嬉しくて、嬉しくて。あまりの嬉しさに、涙が溢れてきたのだ。
勿論――って。まるで「当たり前じゃないか」って意味がその単語に込められている気がして嬉しかった。
告白の返事が書かれていない事など、この際もうどうだって良かった。元々告白に返事が欲しかった訳ではなかったから。それに「嬉しい」と、言ってくれた。鬱陶しいだけの想いだと思っていたから、拒絶の言葉があったとしても仕方ないと思っていたから。
「でもほんと良かったね」
夕海も嬉しそうだった。どこかほっとした笑顔で、そう言われた。
「うん……! ほんとにほんとに良かった……嬉しい」
私は潤んだ瞳を、またゴシゴシと袖で拭うと、優人のメールに、返事をした。
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約束などない未来に
涙溢れて 終わりにしても
あなたを忘れた事など
一瞬たりともなかった
最後の勇気 偽りない言葉
やっと全てが満たされた
明日には何かが変わるから……と
そう信じ続けて
この何年もの道を
ひらすら歩き続けた
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