真実の永眠
42話 幸福
-前編-
――十二月二十日。
待ちに待った、約束の日がやって来た。
十七時。
私と夕海は、帰省する為、高速バスに乗り込む。指定された席に腰を下ろすと、私は優人宛てにメールを作成した。
<今から帰るね。バイト終わったら連絡下さい>
乗客は疎らで、車内はとても静かだ。その為、ポチポチとボタンを押す音が響いた。
打ち終えてふと、優人はそろそろ出勤の時間だったと思い出す。今丁度、出る支度でもしているんじゃないだろうか。
ヴー……、っと、手元の携帯電話が震えた。
優人からのメールだ。
<了解>
一言、そう書かれていた。
私は、感情に素直に従い綻ぶ顔を、どうしても抑え切れなかった。
――……嬉しい。
恋人がする会話のように思えて、とても幸せだった。
高速バスなら四時間程度で着く。
仕事を終えてからの帰省ともなれば眠くて仕方ない筈なのに、今から緊張していて一向に眠気は訪れなかった。
二十一時半過ぎに、実家に到着した。
父も母も桃花も、みんな元気そうだったから安心した。
私は優人との約束がこれからある為、家族とゆっくり談笑する時間は殆どなかった。
帰宅してすぐに準備に取り掛かる。
ドライブから帰ってすぐに寝られるように、お風呂に入って。それから少しだけメイクを施して。
「――この格好、変じゃないかな?」
夜とは言え、あまりにラフな格好ではどうかと思ったので、簡単にお洒落着に着替えておいた。
「うん、変じゃないよ」
私の問い掛けに、母が答える。そして続けた。
「ドライブにはいつ行くの?」
「優人のバイトが終わってからだよ。終わったらメールくれるんだって。……そろそろだと思うんだけど」
言いながら私は、時計で時間を確認した。現在、零時前を指している。
「へ~ぇ。帰ったらどんな事があったか、すぐに報告しなさいね」
ニヤニヤしながら母は言った。その横で、夕海もニヤニヤしながらこちらを眺めている。
「ドライブするだけだから、そんな、何もないよ」
何だか恥ずかしくなって、この場から逃げ出したい衝動に駆られた。
そんな時だった。携帯電話がメール受信の音を奏でたのは。
「優人からだ……」
「なんて!?」
夕海が身を乗り出すように、メールの内容を尋ねてくる。
私はメールを開いた。
<終わったよ!>
そこにはそう書かれていて、私は嬉しくて泣きそうになった。
夕海に、私は笑顔で携帯電話の画面を見せた。
「わぁ~! 早く行って来なよ!」
夕海は笑顔でそう言った。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい!」
「気を付けてね」
母と夕海に見送られ、私は家を出た。
数分前の優人とのメールで、待ち合わせ場所をコンビニに決めた。私は車を走らせ、緊張しながらコンビニに向かう。
中間地点で待ち合わせようかと話していたが、今回連れてってと私がお願いしたのだから、優人の家から一番近いコンビニでいいよと私が言ったのだ。
目的地に到着し、隅の空いている駐車場へと車を停車させた。
一通りぐるっと辺りを見渡したが、どうやら優人はまだ来ていないようだった。
私はすぐに着いたよとメールを送った。
心臓がドクドクと波打つ。緊張で顔がどうしても強張ってしまう。左手で右袖をギュッと掴みながら、私は一度大きく深呼吸をした。
そして運転席に座ったまま、辺りをキョロキョロと見回した。その時。
――……!
ドキッと心臓が高鳴る。
優人――――……。
助手席側にある窓の向こう、優人の姿が見えた。コンビニの明かりが逆光になって顔は見えないのに、シルエットだけでそれは彼だと分かった。
私はすぐに下車し、優人の元に行こうとした。
「――――……雪音?」
私は勢いよく顔を上げた。
今、名前……。
風に乗って消えてしまいそうな程の、小さな呟き。私の耳にそれはしっかりと届けられた。恐らく殆ど無意識に呟いた言葉だったのだろう。けれども確かに今。
目の前に、優人がいる。会いたくて仕方なかった人が、今目の前にいる。そして名前を呼んだ。
もう、呼んではくれないと思ってた。そんな日はもう二度と来ないと思ってた。
泣き出しそうな心を隠し、私は優人に笑顔を向けた。
「……久し振りだね」
私の言葉に、優人は僅かに微笑んで、頷いた。
ドライブは、私の車で行く事になった。コンビニまで、優人は徒歩で来ていたから。ここに一台車があるのに、わざわざ彼の車を取りに帰るまでもないと考えたからだ。
運転席に、優人が座って。助手席に、私が座って。
ハンドルを握って、ギアをDへと入れる。そんな彼の横顔を、私は盗み見た。
私達が最後に会ったのは確か……約一年程前だ。
そんなに経っていたのだと気付かされる。
優人はその頃に比べ髪も伸び、少しだけ大人っぽくなっていた。それは確かに一年という月日が流れたのだと物語る。
そういえば今までは、制服姿、ユニフォーム姿、ジャージ姿しか見た事がなく、私服の彼は初めてだった。仕事が終わり、簡単に着替えたものなのだろう。お洒落着にしては少しラフで、部屋着にしてはお洒落な感じだった。
車を発進させてすぐの所で、
「ドライブの前に、ちょっと友達の家に寄ってもいい?」
と、優人は尋ねてきた。
「うん、いいよ。……何しに行くの?」
「貸してたものを取りに行こうかと思って」
「そうなんだ」
前を見つめる彼の横顔をちらりと見やって、私は、カッコイイな……なんて思った。以前とは雰囲気がまるで違っていた。大人っぽくなった所為か、確かにカッコよくなっている。
二分程走った所に友人宅があり、到着すると優人はすぐに下車し、その中に入っていった。
本当に取りに行っただけなのか、すぐに出て来て、笑顔で友達に手を振る優人が目に映った。
彼の手にはCDらしきものが握られている。
「ごめん、行こうか」
そう言ってまた運転席に座る彼に、「うん」と短く返事を返すと、すぐに車は発進された。
友人宅の窓を見ると、数人窓から顔を覗かせてこちらを見ていたから、少しだけ驚いた。
優人もそれに気付くと、
「……覗いてくると思った」
そう言って笑っていた。
私もそれに笑って返したけれど、何故だろうとそんな疑問が頭の中に浮かんでいた。
優人が何か言ったのだろうか? 女の子と出掛ける、とか何とか。
結局その疑問を口にしなかったから、真実は分からなかったけれど。
それから近くをグルグルと車で回りながら、私達は話をしていた。
優人の運転は、とても緩やかな走りで、乗っていて心地良いものだった。
「広島のどこに住んでるの?」
そんな事を聞かれたから、
「地名言ってわかる?」
悪戯っぽく笑って言うと、
「わかんない」
案の定、笑いながらそう言ってきた。私はそれに対して笑い返すと、大雑把な位置を教えた。すると彼は、
「あはは、わかんない」
そう言って、やっぱり笑っていた。
「俺の親戚が、広島にいるよ」
「そうなの? 広島のどこ?」
「それもわかんない」
私が笑うと、優人も笑っていた。
「家はどの辺?」
待ち合わせにしたコンビニに向かって走っていると、不意に優人が尋ねてきた。
「あっちの方をひたすら行った所だよ」
私は車内から、北に向かって指を指しながら(車は東に走っている)曖昧に答えた。私の実家は立派なものなんかじゃないから、あまり見せたくはなかった。これ以上何かを言われる前に、逆に優人に質問した。
「優人の家はどの辺?」
「行ってみる?」
「!」
私はその言葉に、内心動揺した。そういうつもりで聞いた訳ではなかったのだけれど……だけど、優人の家を見てみたかったので、「うん」と返事をした。
交差点の一角に立つコンビニを左折し、少し入り込んだ道に入ると、優人の住むアパートがあった。
「ここだよ。家入る?」
「……いいの?」
「うん」
そうして、アパートの前に適当に停車させていた車を、誰も契約していない空きの駐車場へと停める。
まだ運転免許を取得してから一年未満である初心者の為、優人は後方を何度も何度も確認しながら、ぎこちない手付きでバック駐車をしていた。
慣れて荒い運転なんかよりも、こっちの方が凄くいいなって思った。
車を降りて鍵を掛けると、
「こっちだよ」
優人に言われ、その後を付いて行く。
そして私は、優人の家へと通される事になる。
待ちに待った、約束の日がやって来た。
十七時。
私と夕海は、帰省する為、高速バスに乗り込む。指定された席に腰を下ろすと、私は優人宛てにメールを作成した。
<今から帰るね。バイト終わったら連絡下さい>
乗客は疎らで、車内はとても静かだ。その為、ポチポチとボタンを押す音が響いた。
打ち終えてふと、優人はそろそろ出勤の時間だったと思い出す。今丁度、出る支度でもしているんじゃないだろうか。
ヴー……、っと、手元の携帯電話が震えた。
優人からのメールだ。
<了解>
一言、そう書かれていた。
私は、感情に素直に従い綻ぶ顔を、どうしても抑え切れなかった。
――……嬉しい。
恋人がする会話のように思えて、とても幸せだった。
高速バスなら四時間程度で着く。
仕事を終えてからの帰省ともなれば眠くて仕方ない筈なのに、今から緊張していて一向に眠気は訪れなかった。
二十一時半過ぎに、実家に到着した。
父も母も桃花も、みんな元気そうだったから安心した。
私は優人との約束がこれからある為、家族とゆっくり談笑する時間は殆どなかった。
帰宅してすぐに準備に取り掛かる。
ドライブから帰ってすぐに寝られるように、お風呂に入って。それから少しだけメイクを施して。
「――この格好、変じゃないかな?」
夜とは言え、あまりにラフな格好ではどうかと思ったので、簡単にお洒落着に着替えておいた。
「うん、変じゃないよ」
私の問い掛けに、母が答える。そして続けた。
「ドライブにはいつ行くの?」
「優人のバイトが終わってからだよ。終わったらメールくれるんだって。……そろそろだと思うんだけど」
言いながら私は、時計で時間を確認した。現在、零時前を指している。
「へ~ぇ。帰ったらどんな事があったか、すぐに報告しなさいね」
ニヤニヤしながら母は言った。その横で、夕海もニヤニヤしながらこちらを眺めている。
「ドライブするだけだから、そんな、何もないよ」
何だか恥ずかしくなって、この場から逃げ出したい衝動に駆られた。
そんな時だった。携帯電話がメール受信の音を奏でたのは。
「優人からだ……」
「なんて!?」
夕海が身を乗り出すように、メールの内容を尋ねてくる。
私はメールを開いた。
<終わったよ!>
そこにはそう書かれていて、私は嬉しくて泣きそうになった。
夕海に、私は笑顔で携帯電話の画面を見せた。
「わぁ~! 早く行って来なよ!」
夕海は笑顔でそう言った。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい!」
「気を付けてね」
母と夕海に見送られ、私は家を出た。
数分前の優人とのメールで、待ち合わせ場所をコンビニに決めた。私は車を走らせ、緊張しながらコンビニに向かう。
中間地点で待ち合わせようかと話していたが、今回連れてってと私がお願いしたのだから、優人の家から一番近いコンビニでいいよと私が言ったのだ。
目的地に到着し、隅の空いている駐車場へと車を停車させた。
一通りぐるっと辺りを見渡したが、どうやら優人はまだ来ていないようだった。
私はすぐに着いたよとメールを送った。
心臓がドクドクと波打つ。緊張で顔がどうしても強張ってしまう。左手で右袖をギュッと掴みながら、私は一度大きく深呼吸をした。
そして運転席に座ったまま、辺りをキョロキョロと見回した。その時。
――……!
ドキッと心臓が高鳴る。
優人――――……。
助手席側にある窓の向こう、優人の姿が見えた。コンビニの明かりが逆光になって顔は見えないのに、シルエットだけでそれは彼だと分かった。
私はすぐに下車し、優人の元に行こうとした。
「――――……雪音?」
私は勢いよく顔を上げた。
今、名前……。
風に乗って消えてしまいそうな程の、小さな呟き。私の耳にそれはしっかりと届けられた。恐らく殆ど無意識に呟いた言葉だったのだろう。けれども確かに今。
目の前に、優人がいる。会いたくて仕方なかった人が、今目の前にいる。そして名前を呼んだ。
もう、呼んではくれないと思ってた。そんな日はもう二度と来ないと思ってた。
泣き出しそうな心を隠し、私は優人に笑顔を向けた。
「……久し振りだね」
私の言葉に、優人は僅かに微笑んで、頷いた。
ドライブは、私の車で行く事になった。コンビニまで、優人は徒歩で来ていたから。ここに一台車があるのに、わざわざ彼の車を取りに帰るまでもないと考えたからだ。
運転席に、優人が座って。助手席に、私が座って。
ハンドルを握って、ギアをDへと入れる。そんな彼の横顔を、私は盗み見た。
私達が最後に会ったのは確か……約一年程前だ。
そんなに経っていたのだと気付かされる。
優人はその頃に比べ髪も伸び、少しだけ大人っぽくなっていた。それは確かに一年という月日が流れたのだと物語る。
そういえば今までは、制服姿、ユニフォーム姿、ジャージ姿しか見た事がなく、私服の彼は初めてだった。仕事が終わり、簡単に着替えたものなのだろう。お洒落着にしては少しラフで、部屋着にしてはお洒落な感じだった。
車を発進させてすぐの所で、
「ドライブの前に、ちょっと友達の家に寄ってもいい?」
と、優人は尋ねてきた。
「うん、いいよ。……何しに行くの?」
「貸してたものを取りに行こうかと思って」
「そうなんだ」
前を見つめる彼の横顔をちらりと見やって、私は、カッコイイな……なんて思った。以前とは雰囲気がまるで違っていた。大人っぽくなった所為か、確かにカッコよくなっている。
二分程走った所に友人宅があり、到着すると優人はすぐに下車し、その中に入っていった。
本当に取りに行っただけなのか、すぐに出て来て、笑顔で友達に手を振る優人が目に映った。
彼の手にはCDらしきものが握られている。
「ごめん、行こうか」
そう言ってまた運転席に座る彼に、「うん」と短く返事を返すと、すぐに車は発進された。
友人宅の窓を見ると、数人窓から顔を覗かせてこちらを見ていたから、少しだけ驚いた。
優人もそれに気付くと、
「……覗いてくると思った」
そう言って笑っていた。
私もそれに笑って返したけれど、何故だろうとそんな疑問が頭の中に浮かんでいた。
優人が何か言ったのだろうか? 女の子と出掛ける、とか何とか。
結局その疑問を口にしなかったから、真実は分からなかったけれど。
それから近くをグルグルと車で回りながら、私達は話をしていた。
優人の運転は、とても緩やかな走りで、乗っていて心地良いものだった。
「広島のどこに住んでるの?」
そんな事を聞かれたから、
「地名言ってわかる?」
悪戯っぽく笑って言うと、
「わかんない」
案の定、笑いながらそう言ってきた。私はそれに対して笑い返すと、大雑把な位置を教えた。すると彼は、
「あはは、わかんない」
そう言って、やっぱり笑っていた。
「俺の親戚が、広島にいるよ」
「そうなの? 広島のどこ?」
「それもわかんない」
私が笑うと、優人も笑っていた。
「家はどの辺?」
待ち合わせにしたコンビニに向かって走っていると、不意に優人が尋ねてきた。
「あっちの方をひたすら行った所だよ」
私は車内から、北に向かって指を指しながら(車は東に走っている)曖昧に答えた。私の実家は立派なものなんかじゃないから、あまり見せたくはなかった。これ以上何かを言われる前に、逆に優人に質問した。
「優人の家はどの辺?」
「行ってみる?」
「!」
私はその言葉に、内心動揺した。そういうつもりで聞いた訳ではなかったのだけれど……だけど、優人の家を見てみたかったので、「うん」と返事をした。
交差点の一角に立つコンビニを左折し、少し入り込んだ道に入ると、優人の住むアパートがあった。
「ここだよ。家入る?」
「……いいの?」
「うん」
そうして、アパートの前に適当に停車させていた車を、誰も契約していない空きの駐車場へと停める。
まだ運転免許を取得してから一年未満である初心者の為、優人は後方を何度も何度も確認しながら、ぎこちない手付きでバック駐車をしていた。
慣れて荒い運転なんかよりも、こっちの方が凄くいいなって思った。
車を降りて鍵を掛けると、
「こっちだよ」
優人に言われ、その後を付いて行く。
そして私は、優人の家へと通される事になる。