真実の永眠
「これ着てなよ」
そう言って優人が差し出してくれたのは、黒いスウェットだった。
先程コートを脱いでしまったから少し寒かったのだけど、彼はそれに気付いてくれたんだろうか。
「ありがとう」
お礼を言って、今着ている服の上から、スウェットを着る。
服から香水の香りがした。
それから優人と色んな話をした。高校卒業後の出来事を話してくれたりもして、とても楽しかった。
「――そうだ。見て見て」
「?」
レモンティーを飲んでいると、優人は何か思い出したように、本棚をゴソゴソと漁り出した。何かを取り出そうとしているようだ。
見て見てって言った優人が何だか無邪気な子供のように見えて、可愛いと思ってしまった。
「これ」
本棚から取り出したのは一枚の写真だった。それを手渡され、私はそこに写っているものを見た。
「――――……」
涙が零れてしまいそうな程、幸せな気持ちになった。
写真は、集合写真。
右隅に、嬉しそうに子供を抱っこしている優人が写っていた。そこに写る誰よりも綺麗で優しい笑顔の、彼がいる。
保育士になりたいという、彼の夢。
子供に笑い掛ける笑顔は、きっと誰よりも綺麗なんだろう。美しいだろう。
その笑顔を、いつか自分は見られるだろうか。
彼の夢を初めて聞いた時に、こんな風に思った。
ねぇ、あの日の私、聞こえてる?
子供に笑い掛ける彼の笑顔は、思った通り、誰よりも綺麗だよ。とても美しくて、輝いてる。その笑顔を、私は今、見ているよ。
私は心の中で、昔の私に語りかけた。
「――その写真、」
優人の声に、私はハッとして顔を上げた。
「保育実習の時、最終日に撮った写真なんだ」
「そうなんだ」
嬉しそうに語る彼を見て、私も笑顔になった。
もう一度写真を見る。
実習生は彼の他に、あと三人いた。優人以外はみんな女性だった。実習生も、保育士の方も。
その中で子供を抱っこしているのは優人だけだった。私は彼の笑顔に見惚れていた。
「俺が抱っこしてる子、最初は全然懐いてくれなくて……」
優人が何かを話しているけれど、私は写真の優人ばかりを見ていて彼の言葉をあまり聞いていなかった。
「他にも、子供達が俺の似顔絵書いてメッセージ添えてくれたものがあって。――これこれ」
優人はそう言って、今度は画用紙を切り取ったようなものを手渡してきた。
「わぁ……凄い」
私は手渡されたものを見て、感激した。
そこには、子供達が精一杯書いた彼の似顔絵と、彼に対する沢山のメッセージが書かれていた。
ゆうとせんせいありがとう
ゆうとせんせい、またきてね
これを見て私ですら幸せな気持ちになるのだから、優人は私の何倍も嬉しかっただろう。
「凄いね……こういうのって嬉しいよね」
言いながら、私は笑顔でそれを優人に返した。
「うん、貰った時めちゃくちゃ嬉しかった」
優人は本当に嬉しそうに笑っていた。
それからも暫くは色んな話をしていた。
優人が今バイトしているお店の話も聞いた。
私はそのお店に、一度だけ行った事があった。ケーキ屋に勤めていた時に、社員みんなで。お食事会のようなものだった。
そこの料理で一番美味しいと思ったものがコロッケで、それを優人に伝えると、
「そこのコロッケは確かにめちゃくちゃ美味しいなぁ」
と言っていた。
「もう一回食べたいな。……コロッケだけ」
私が笑いながらそう言うと、
「コロッケだけ!?」
と、突っ込みを入れた優人が笑ってくれた。
そんな風に彼が笑ってくれるだけで嬉しくて幸せで、私は満面の笑みを湛え頷いた。すると彼は、
「……いつでも食べに来なよ」
そう言って顔を俯けた。だけど彼の言い方は凄く優しさに溢れていて、その顔には優しい温かな微笑みが浮かんでいた。長めの前髪から覗く瞳も、とても優しくて。何て綺麗な顔をするのだろうと、胸が熱くなった。
広島から帰省したばかりで疲れている筈なのに、そんな疲れさえも感じない程、幸せな時間を過ごしていた。
今、何時だろうか。
辺りを見渡してみたけれど、時計らしきものは見当たらなかった。
携帯電話で時間を確認しようと思ったけれど、早く帰りたいと思ってるんじゃないかって優人に思われてしまうのが嫌だったから、確認はしなかった。
だから時間は分からなかったけれど、恐らく二時は回っているんじゃないだろうか。
私がそわそわしてしまった所為で、結局優人には何かを感じさせてしまったんだろう。
「……帰る?」
私は聞きたくなかった言葉を聞いてしまった。
「……」
……まだ、帰りたくない。
出来れば優人ともう少し一緒にいたい。
だけど本来今日は、ドライブをするだけだったのに、こうして部屋に入れて貰えたんだ。それだけでも幸せなんだ。
だけどもう少し、もう少しだけ、一緒にいたい。
「……どうしよう……」
「泊まる?」
……え?
私は顔をパッと上げて優人を見た。
「……いいの?」
「うん」
会話しているのに、思考がついて行かない。
ていうか私、どうしようって何……?
泊まりたいと言っているようなものだ。本当にそんなつもりで言ったのではないのだけれど、ここでその言葉の意味を探すならば、結局それに辿り着いてしまうだろう。
でも、嬉しかった。あんなにあっさりと言ってくれるなんて。
それから優人は、布団の中に挟まっていた枕を取り出すと、それを適当な場所に置いた。寝転んだ際に、丁度頭の位置になるようにしたのだろう。
彼は、両手を頭の後ろで組んだ姿勢で寝転がった。ほんの数時間前にバイトを終えて、こんな時間まで私と話していたんだ。きっと疲れているんだろう。
案の定彼は、
「眠くなってきた」
申し訳なさそうな笑顔をこちらに向けてそう言った。
それに対し私は、微笑で返すだけだった。
暫く沈黙になった。
優人を見ると、彼は目を閉じていた。
疲れているだろうから、そのまま寝かせておいた方がいいかも知れない。
そう思い、私は声を掛けなかった。
流れる沈黙。
私は母に、優人の家に泊まる事をメールで伝えておいた。
送り終えて、私も疲れた体を少し休ませようと、炬燵に突っ伏した。
ゆっくりと、目を閉じる。
これまでの事を反芻した。
今、私は、最大級の幸福の中にいる。
この瞬間を迎えるまでに、ただただ年月が過ぎて行った。
泣いて、泣いて。笑って、笑って。
私は優人に、笑顔だけを見せて来られただろうか。
――……大丈夫。
優人。
優人。
あなたが、好きです。
この言葉を今日、本当はあなたに伝えるつもりで来ていた。その瞳を真っ直ぐに見つめて、言うつもりだった。
けど……。
やっぱり、言えそうにない。
優人の求めるもの、私の求めるもの、それはきっと、一致するものではないと気付いたから。
彼を見ていると、彼は“友達としての関係”を欲しているように見えた。
だから私の想いは、心の中に――……。
好き。優人が好き。
幸せです、ありがとう。
愛してます。
ありが、と……――……。
……。
……。
「――風邪ひくよ」
「!」
優人の声と、背中にトンッと、指先で触れるか触れないかの小さな小さな衝撃があり、ハッとして目を開けた。
どうやら私は、寝かけていたみたいだ。
私は体を起こすと、優人にありがとうの意を込めて、笑い掛けた。
「もう寝る? ここ使って」
布団をポンポンと叩くと、彼は立ち上がって畳まれていた布団を敷いた。
「ありがとう。……あ、」
「ん?」
「……ちょっと図々しいんだけど……、ズボンを借りてもいい?」
「ああ、スカートだもんね。いいよ」
優人は適当にスウェットのズボンを取り出すと、それを貸してくれた。
「出とくね」そう言って優人は、部屋から出てキッチンの方へ向かった。部屋のドアも閉めてくれて。
「もういいよ。ありがとう」
着替え終わり優人にそう言うと、彼は部屋へと入ってきた。
私が布団の上に座り込むと、彼は掛け布団に手を掛けて、それを私に掛けてくれた。二枚の布団を一枚ずつ丁寧に。
「寒くない?」
「寒い……」
正直に答えると、優人は部屋の隅に畳まれたもう一枚の掛け布団を広げて、私の上に掛けてくれた。
「ありがとう」
「ううん。寒くない?」
「……」
ごめんね、優人。
「……寒い」
寒くないよって言ってあげたいのだけれど、私にとってこの空間は、ちょっと寒過ぎる。優人は毎日この掛け布団で寝ているのだろうか……。
ピッ、ピッと音がして、そちらを見ると、優人は暖房を点けようとしていた。
「いいよいいよ、そこまでしなくても……! 電気代もかかるし……」
電気代って……ちょっと現実的過ぎるだろう。
私の為にそこまでしてくれる事や、何から何まで彼にさせてしまっている事が申し訳なくて、慌てて止めようとしたのだけれど、
「いいよいいよ」
彼はリモコンで何やら操作をしながら、そう言ってくれた。
彼の慣れない手付きを見ると、……もしかしたら暖房は初めて使用するのかも知れない。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「これでOKかな」
リモコンを炬燵の上に置きながら、優人は笑って言った。
「ありがとう」
彼にお礼を言って、私は寝転んだ。
それに気付いた優人は、肩まで布団を掛けてくれた。
「寒くない?」
「うん、大丈夫」
彼の優し過ぎる行動に、胸が締め付けられた。ずっと私の事を気遣ってくれて、彼は私を大切に扱ってくれていた。
「……優人はどこに寝るの……?」
私は上半身を起こし、尋ねた。
「俺は適当にその辺で寝るよ」
炬燵に足を入れながら、優人はそう言った。
だけどそれでは……その辺と言っても炬燵くらいしか……。
「でも寒いし、風邪ひいちゃうよ……」
「寒くなったら布団に入らせて貰うから」
……。
……。
……え?
優人をちらりと横目で見ると、笑っていた。
さらりと笑顔でそんな事を言うものだから、本気なのか冗談なのかが分からなかった。
それに返事をするのも何だか気まずくて、私は聞こえなかったフリをし、返事はせず体を横向きにして寝転んだ。
彼は立ち上がって消灯すると、炬燵布団を掛け布団代わりにして、私に背を向ける形で寝転がったようだった。
私は壁側を向いているので、お互いに背中合わせ。
目を、閉じた。
少し離れているけれど、私の隣には優人がいる。
この状況に酷く緊張はするけれど、それでもただ、幸せだった。
幸せに胸が痛んで。
震え出す体。
涙が一粒流れ落ちた。
今。
今この幸福の中で、私は――……。
死んでもいい
そう思った。
最大級の幸福の中で、優人を想ったまま死ねたなら。
私は一生、幸せでいられる。
涙がまた一粒、流れ落ちた。
優人、ありがとう。
神様、ありがとう。
そう言って優人が差し出してくれたのは、黒いスウェットだった。
先程コートを脱いでしまったから少し寒かったのだけど、彼はそれに気付いてくれたんだろうか。
「ありがとう」
お礼を言って、今着ている服の上から、スウェットを着る。
服から香水の香りがした。
それから優人と色んな話をした。高校卒業後の出来事を話してくれたりもして、とても楽しかった。
「――そうだ。見て見て」
「?」
レモンティーを飲んでいると、優人は何か思い出したように、本棚をゴソゴソと漁り出した。何かを取り出そうとしているようだ。
見て見てって言った優人が何だか無邪気な子供のように見えて、可愛いと思ってしまった。
「これ」
本棚から取り出したのは一枚の写真だった。それを手渡され、私はそこに写っているものを見た。
「――――……」
涙が零れてしまいそうな程、幸せな気持ちになった。
写真は、集合写真。
右隅に、嬉しそうに子供を抱っこしている優人が写っていた。そこに写る誰よりも綺麗で優しい笑顔の、彼がいる。
保育士になりたいという、彼の夢。
子供に笑い掛ける笑顔は、きっと誰よりも綺麗なんだろう。美しいだろう。
その笑顔を、いつか自分は見られるだろうか。
彼の夢を初めて聞いた時に、こんな風に思った。
ねぇ、あの日の私、聞こえてる?
子供に笑い掛ける彼の笑顔は、思った通り、誰よりも綺麗だよ。とても美しくて、輝いてる。その笑顔を、私は今、見ているよ。
私は心の中で、昔の私に語りかけた。
「――その写真、」
優人の声に、私はハッとして顔を上げた。
「保育実習の時、最終日に撮った写真なんだ」
「そうなんだ」
嬉しそうに語る彼を見て、私も笑顔になった。
もう一度写真を見る。
実習生は彼の他に、あと三人いた。優人以外はみんな女性だった。実習生も、保育士の方も。
その中で子供を抱っこしているのは優人だけだった。私は彼の笑顔に見惚れていた。
「俺が抱っこしてる子、最初は全然懐いてくれなくて……」
優人が何かを話しているけれど、私は写真の優人ばかりを見ていて彼の言葉をあまり聞いていなかった。
「他にも、子供達が俺の似顔絵書いてメッセージ添えてくれたものがあって。――これこれ」
優人はそう言って、今度は画用紙を切り取ったようなものを手渡してきた。
「わぁ……凄い」
私は手渡されたものを見て、感激した。
そこには、子供達が精一杯書いた彼の似顔絵と、彼に対する沢山のメッセージが書かれていた。
ゆうとせんせいありがとう
ゆうとせんせい、またきてね
これを見て私ですら幸せな気持ちになるのだから、優人は私の何倍も嬉しかっただろう。
「凄いね……こういうのって嬉しいよね」
言いながら、私は笑顔でそれを優人に返した。
「うん、貰った時めちゃくちゃ嬉しかった」
優人は本当に嬉しそうに笑っていた。
それからも暫くは色んな話をしていた。
優人が今バイトしているお店の話も聞いた。
私はそのお店に、一度だけ行った事があった。ケーキ屋に勤めていた時に、社員みんなで。お食事会のようなものだった。
そこの料理で一番美味しいと思ったものがコロッケで、それを優人に伝えると、
「そこのコロッケは確かにめちゃくちゃ美味しいなぁ」
と言っていた。
「もう一回食べたいな。……コロッケだけ」
私が笑いながらそう言うと、
「コロッケだけ!?」
と、突っ込みを入れた優人が笑ってくれた。
そんな風に彼が笑ってくれるだけで嬉しくて幸せで、私は満面の笑みを湛え頷いた。すると彼は、
「……いつでも食べに来なよ」
そう言って顔を俯けた。だけど彼の言い方は凄く優しさに溢れていて、その顔には優しい温かな微笑みが浮かんでいた。長めの前髪から覗く瞳も、とても優しくて。何て綺麗な顔をするのだろうと、胸が熱くなった。
広島から帰省したばかりで疲れている筈なのに、そんな疲れさえも感じない程、幸せな時間を過ごしていた。
今、何時だろうか。
辺りを見渡してみたけれど、時計らしきものは見当たらなかった。
携帯電話で時間を確認しようと思ったけれど、早く帰りたいと思ってるんじゃないかって優人に思われてしまうのが嫌だったから、確認はしなかった。
だから時間は分からなかったけれど、恐らく二時は回っているんじゃないだろうか。
私がそわそわしてしまった所為で、結局優人には何かを感じさせてしまったんだろう。
「……帰る?」
私は聞きたくなかった言葉を聞いてしまった。
「……」
……まだ、帰りたくない。
出来れば優人ともう少し一緒にいたい。
だけど本来今日は、ドライブをするだけだったのに、こうして部屋に入れて貰えたんだ。それだけでも幸せなんだ。
だけどもう少し、もう少しだけ、一緒にいたい。
「……どうしよう……」
「泊まる?」
……え?
私は顔をパッと上げて優人を見た。
「……いいの?」
「うん」
会話しているのに、思考がついて行かない。
ていうか私、どうしようって何……?
泊まりたいと言っているようなものだ。本当にそんなつもりで言ったのではないのだけれど、ここでその言葉の意味を探すならば、結局それに辿り着いてしまうだろう。
でも、嬉しかった。あんなにあっさりと言ってくれるなんて。
それから優人は、布団の中に挟まっていた枕を取り出すと、それを適当な場所に置いた。寝転んだ際に、丁度頭の位置になるようにしたのだろう。
彼は、両手を頭の後ろで組んだ姿勢で寝転がった。ほんの数時間前にバイトを終えて、こんな時間まで私と話していたんだ。きっと疲れているんだろう。
案の定彼は、
「眠くなってきた」
申し訳なさそうな笑顔をこちらに向けてそう言った。
それに対し私は、微笑で返すだけだった。
暫く沈黙になった。
優人を見ると、彼は目を閉じていた。
疲れているだろうから、そのまま寝かせておいた方がいいかも知れない。
そう思い、私は声を掛けなかった。
流れる沈黙。
私は母に、優人の家に泊まる事をメールで伝えておいた。
送り終えて、私も疲れた体を少し休ませようと、炬燵に突っ伏した。
ゆっくりと、目を閉じる。
これまでの事を反芻した。
今、私は、最大級の幸福の中にいる。
この瞬間を迎えるまでに、ただただ年月が過ぎて行った。
泣いて、泣いて。笑って、笑って。
私は優人に、笑顔だけを見せて来られただろうか。
――……大丈夫。
優人。
優人。
あなたが、好きです。
この言葉を今日、本当はあなたに伝えるつもりで来ていた。その瞳を真っ直ぐに見つめて、言うつもりだった。
けど……。
やっぱり、言えそうにない。
優人の求めるもの、私の求めるもの、それはきっと、一致するものではないと気付いたから。
彼を見ていると、彼は“友達としての関係”を欲しているように見えた。
だから私の想いは、心の中に――……。
好き。優人が好き。
幸せです、ありがとう。
愛してます。
ありが、と……――……。
……。
……。
「――風邪ひくよ」
「!」
優人の声と、背中にトンッと、指先で触れるか触れないかの小さな小さな衝撃があり、ハッとして目を開けた。
どうやら私は、寝かけていたみたいだ。
私は体を起こすと、優人にありがとうの意を込めて、笑い掛けた。
「もう寝る? ここ使って」
布団をポンポンと叩くと、彼は立ち上がって畳まれていた布団を敷いた。
「ありがとう。……あ、」
「ん?」
「……ちょっと図々しいんだけど……、ズボンを借りてもいい?」
「ああ、スカートだもんね。いいよ」
優人は適当にスウェットのズボンを取り出すと、それを貸してくれた。
「出とくね」そう言って優人は、部屋から出てキッチンの方へ向かった。部屋のドアも閉めてくれて。
「もういいよ。ありがとう」
着替え終わり優人にそう言うと、彼は部屋へと入ってきた。
私が布団の上に座り込むと、彼は掛け布団に手を掛けて、それを私に掛けてくれた。二枚の布団を一枚ずつ丁寧に。
「寒くない?」
「寒い……」
正直に答えると、優人は部屋の隅に畳まれたもう一枚の掛け布団を広げて、私の上に掛けてくれた。
「ありがとう」
「ううん。寒くない?」
「……」
ごめんね、優人。
「……寒い」
寒くないよって言ってあげたいのだけれど、私にとってこの空間は、ちょっと寒過ぎる。優人は毎日この掛け布団で寝ているのだろうか……。
ピッ、ピッと音がして、そちらを見ると、優人は暖房を点けようとしていた。
「いいよいいよ、そこまでしなくても……! 電気代もかかるし……」
電気代って……ちょっと現実的過ぎるだろう。
私の為にそこまでしてくれる事や、何から何まで彼にさせてしまっている事が申し訳なくて、慌てて止めようとしたのだけれど、
「いいよいいよ」
彼はリモコンで何やら操作をしながら、そう言ってくれた。
彼の慣れない手付きを見ると、……もしかしたら暖房は初めて使用するのかも知れない。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「これでOKかな」
リモコンを炬燵の上に置きながら、優人は笑って言った。
「ありがとう」
彼にお礼を言って、私は寝転んだ。
それに気付いた優人は、肩まで布団を掛けてくれた。
「寒くない?」
「うん、大丈夫」
彼の優し過ぎる行動に、胸が締め付けられた。ずっと私の事を気遣ってくれて、彼は私を大切に扱ってくれていた。
「……優人はどこに寝るの……?」
私は上半身を起こし、尋ねた。
「俺は適当にその辺で寝るよ」
炬燵に足を入れながら、優人はそう言った。
だけどそれでは……その辺と言っても炬燵くらいしか……。
「でも寒いし、風邪ひいちゃうよ……」
「寒くなったら布団に入らせて貰うから」
……。
……。
……え?
優人をちらりと横目で見ると、笑っていた。
さらりと笑顔でそんな事を言うものだから、本気なのか冗談なのかが分からなかった。
それに返事をするのも何だか気まずくて、私は聞こえなかったフリをし、返事はせず体を横向きにして寝転んだ。
彼は立ち上がって消灯すると、炬燵布団を掛け布団代わりにして、私に背を向ける形で寝転がったようだった。
私は壁側を向いているので、お互いに背中合わせ。
目を、閉じた。
少し離れているけれど、私の隣には優人がいる。
この状況に酷く緊張はするけれど、それでもただ、幸せだった。
幸せに胸が痛んで。
震え出す体。
涙が一粒流れ落ちた。
今。
今この幸福の中で、私は――……。
死んでもいい
そう思った。
最大級の幸福の中で、優人を想ったまま死ねたなら。
私は一生、幸せでいられる。
涙がまた一粒、流れ落ちた。
優人、ありがとう。
神様、ありがとう。