真実の永眠
52話 終幕
残された言葉と、残した言葉。
それは世界中のどんな言葉より、悲しく残酷な言葉だった。
*
十二月のとある日。
今日も、いつも通り一人で家にいた。
ご飯はちゃんと食べているか、睡眠はしっかり取っているか、たまには外に出て息抜きしなさい、そんなお節介な言葉を書いたメールを相も変わらず送信してくるのは母だ。
大丈夫? なんて何に対して気遣っているのか判断に困るメールを送信してくるのは夕海だ。
久し振り、元気? 久し振りに食事に行かない? 食事会に参加しない? 雪音ちゃんを紹介して欲しいって言う男の子がいるんだけど。
なんて、私の状況など何も知らずそうメールを送信してくるのは高校時代の友人達だ。
――煩わしい。
それらに一切返事をしなかった。する意志はあったが、事が落ち着いてからでいい。
そんな私が、返事をしたメールがあった。メールの送信者は、兄。
地元に戻ってから何度か連絡は取り合っていた。毎日のように泣いていた頃は、その度に兄に胸中を打ち明けたりもしていたが、ここ最近は連絡をしていなかった。
兄から届いたメールには、一言こう書かれていた。
<優人君の電話番号教えて>
何で? って、すぐに返信をした。優人に関わる事にだけ反応する自分が滑稽に思える。
それにしても急にどうしたというのだろう。兄が優人に用事があるなんて思えないし、いつの間にか仲良くなっていた、なんてもっと有り得ない。
<ちょっと話したい事がある>
私の問いに対し、兄はこう返信してきた。兄の返信は早い方だが、やり取りがもどかしく感じて、私はすぐに電話を掛けた。
『もしもし』
早い対応。既に携帯電話の画面を見ていたのだろう。
「優人に話したい事って何……? 何でお兄ちゃんが優人に……」
小さく溜息をついた兄は、冷静に言葉を紡ぐ。
『母さんからお前の様子を聞いてた。どう助けてあげたらいいか分からないって母さんが言ってたぞ? お前がそうなった原因は、優人君だろ?』
「……」
何の話? 優人は関係ないだろう。確かに優人への想いが報われなくて辛い状況にある。けれども、それを全て優人に責任転嫁するのは筋違いだろう。優人以外、誰も悪くないとでも言いたいのか。
母が兄に何をどんな風に話したのかは定かではないが、母のそういう所が気に入らない。被害者意識が強く、自分の子が被害者だと思い込んでいる。仮にそうだとしても、ただ加害者に制裁を加える事が救済に繋がるのではない。
私の欲しい言葉は、望んでいる事は、そんな事じゃない。
悲しみか、怒りか。はたまた別の感情か。言いようのない黒い感情が渦巻く。
『それで、優人君にお前の事を少し話そうかと思ったんだ』
「……別に、優人の所為じゃない……仮に優人の所為だとして、優人に何を言うの? ……お前の所為だって責めるの? お母さん達は、私がこうなったのは全部優人の所為だと思ってるの? 優人の所為なんて事は何一つない。余計な事しないで!」
別に怒っている訳でも何でもない冷静な兄に対し、私は感情的に言葉を放った。何てことない、たったこれだけの事に感情的になるなんて、どうしてこんな人間に成り下がってしまったんだろう……。
けれど、こんなに言葉を発したのは、なんと久しいことか。ずっと、独りだった。独りぼっちだった。
『別に優人君を叱ろうなんて思ってないよ。優人君が悪いとも思ってない。ただ、流石にお前も限界だろうと思ってな。お前、毎日のように泣いてたじゃないか。……優人君にきちんとケジメをつけて貰いたいだけさ』
「ケジメ……?」
『ああ。完全に見込みがないなら、はっきりと振ってやって欲しいって、そう言おうかと思ってる』
……ああ、そうだ。辛くて、苦しくて、早く楽になりたいと望んだ。にも関わらず、聞くのが怖かった。聞いてしまったら、それこそ本当に全てが終わるだろう。
優人が私に何も告げないのも、私が優人に何も聞けないのも、お互いに向き合う事を放棄し、逃げてきたからだ。ケジメをつけなければならないのは、私も同じだった。
『……身内とは言え、第三者が口を出すのもどうかとは思ったんだけどな。誰かが背中を押さなきゃ、お前ら二人は終わる事も始まる事も出来ない』
「……」
『ま、取り敢えず優人君の電話番号教えてくれ。――あ、優人君って知らない番号出るのか?』
「うん、出るよ……」
何故そんな事が分かるのかって? ――以前、そんな話をした記憶がある。知らない番号からの着信は、警戒し電話に出る事を躊躇う者が多いだろう。けれど優人は、割と躊躇いなく出るのだと言っていた。意外だな、と驚いた故に、記憶に残っていた。優人との会話で、忘れている事なんてないけれど。
いっそ忘れられたら、苦しまずに済んだのに。
『わかった。今まだ仕事中だから、終わったら優人君に掛けてみるよ。じゃ』
ここで兄との会話が終了した。
今は、十七時過ぎ……。兄の仕事は確か……十九時までだっただろうか。優人がバイトへ行ってしまって、入れ違いにならなければいいのだけれど。
ぶるっと身体が慄いた。寒い。部屋を温かくしている筈なのに、これは緊張の所為だろうか。
怖い。
優人が何を言うのか。どういう結末になるのか。兄は優人にどう言うのだろう? それに対し、優人は兄に何を言うのだろう? 優人の言葉は、どう私に伝わるのだろう。間接的に、或いは、直接……。
怖い。だけど。
今日で、漸く全てが終わるんだ。
これで漸く、私は楽になれるんだ。
*
時計の針が、時を刻む音だけが響く。ぼんやりと、壁掛け時計を見つめていた。
時刻は十九時を回って、もうすぐ三十分になろうとしていた。
顔を俯けて、携帯電話の画面を見た。まだ、何の連絡もない。優人に電話は繋がったのだろうか。
怖い、怖い、怖い。
兄に電話を掛けてみようか、繋がったのかどうかを確認したい。
「!」
掛けようとした所で、家のチャイムが鳴った。
びくりと肩を震わせて、モニターを確認する為に立ち上がる。そこには、母と夕海と桃花が映っていた。
それを見て明らかに落胆する自分がいる。何を期待していたんだろう……自分の望む人がここに来る訳はないのに。ここに私が住んでいる事すら知らないのに。
家族との会話も面倒だ。居留守を使おうか、なんて考えるけれど、私が家にいないなんてある訳がないと皆知っていると瞬時に理解し、居留守は無駄な行為だと気付く。追い返そうか、なんて考えたのも束の間、ガチャリと勝手に家へ入ろうとする音が階下から聞こえた。しまった、鍵を掛け忘れていたみたいだ。
顔を顰め、眉を上げた不機嫌な顔で、三人を迎える。
「……何? 勝手に入ってこないで」
低い声で三人に告げる。
「ごめん、心配だったから……」
母はそう言ったが、それを無視してベッドに座り込む。三人は立ったままだ。ゆっくり腰を落ち着けられるような空気でも場所でもない為、困惑した表情で立っている。面倒だから無視を続けようと決めた瞬間。
兄からの、着信があった。
優人と話したのだろうか、出るのが怖い。
「……電話?」
母が尋ねてくるが無視した。
鳴り止まない着信音に電話だと理解したのか、
「……誰から?」
今度はそう尋ねてくる。
「……お兄ちゃん……」
ボソッと、それだけ告げる。
「楓真? ……出ないの?」
「……出るよ」
一言そう言って、兄からの電話に出た。
「……はい」
『…………優人君と、話したぞ』
「え……」
本当に話し終えたのか、兄の声色はいつもと変わらない。けれど、僅かな間で、全てを理解した自分がいる。朗報は、確実に――――ない。
『まず最初に言っておく。もう少ししたら、優人君から何らかの連絡がお前に行くと思う。多分、電話がある』
私達のやり取りが真剣なものだから、三人はやはり立ったまま、息を潜むようにこちらを見ている。
「そう……。優人と、……何、話したの……?」
聞きたいけれど、聞きたくない。
『……』
「……」
ほら、やっぱり。沈黙が私に教えてくれている、兄が伝えたいのは悲報か。
優人と話した、その言葉に余程驚いたのか、母と夕海が不安そうに顔を見合わせている。それを視界の隅に捉えたが、今は無視しておく。
『……優人君から直接聞かされると思うが、今聞くか?』
「……」
『……どうする?』
「……言って。」
もう何でもいい。どうせもう、誰から何を聞いたって、遅かれ早かれ終わるものは終わるんだ。ならば早い方がいい。この年月を“早い”と言えるのかは謎だが。
『お前もう、優人君の事は諦めろ』
言えと告げれば容赦はないのか。今度は僅かな逡巡すら見せず強い口調でハッキリとそう告げられる。覚悟を決めた筈なのに、微かなものだが今度は私が、その先を聞きたくないと逡巡する心が生まれた。
そんなものはお構いなしに、兄はその先を告げた。
『 』
ほら、大丈夫。涙は出ない。
どこかでもう、優人の事は吹っ切れていたんだね。だから、大丈夫。
私は、大丈夫。
兄との電話を終えた私は、ただ無のままに、そこにいた。
「雪音……? 大丈夫? どうしたの……?」
私の様子が普通でない事に気付いたのか、母が恐る恐る尋ねてくる。
兄から聞かされた事を皆に伝えようとした所で、今度は優人からの着信があった。
「――……!」
まさか、本当に電話があるなんて……。
「……優人から電話……。だから、今は出てて」
その事実にも驚愕の表情を母と夕海は見せたが、今回は事が事だけに、すぐに部屋から出て行ってくれた。
携帯電話を見つめる。
これで最後だ。彼に、優人に、伝えなければ。
意を決して、震える身体を何とか落ち着かせて、優人からの電話に出た。
「……はい」
『……』
機械越しに伝わる、優人の微かに息を飲む音。優人と電話で話すのは、いつ振りだろうか。連絡をまともに取り合う事も、いつ振りだろうか。
「……優人、だよね……?」
恐る恐る尋ねた。返事が怖い。
『うん……』
聞こえた声に、ホッと胸を撫で下ろす。肯定した事もそうだけれど、声が確かに本人だった。優しいこの声を、忘れる事などない。忘れた事もない。
『……さっき、』
「……」
『お兄さんから電話があった……。実は今俺――……、』
知ってるよ。
さっき、兄から聞かされた。
それに、そうじゃないかとずっと思ってた。分かってた。
だけど、ハッキリ聞く事も肯定される事も、怖かった。
繋がりがなくなって、あなたを失うのが怖かったんだ。
『ごめん……今、彼女がいる』
それは世界中のどんな言葉より、悲しく残酷な言葉だった。
*
十二月のとある日。
今日も、いつも通り一人で家にいた。
ご飯はちゃんと食べているか、睡眠はしっかり取っているか、たまには外に出て息抜きしなさい、そんなお節介な言葉を書いたメールを相も変わらず送信してくるのは母だ。
大丈夫? なんて何に対して気遣っているのか判断に困るメールを送信してくるのは夕海だ。
久し振り、元気? 久し振りに食事に行かない? 食事会に参加しない? 雪音ちゃんを紹介して欲しいって言う男の子がいるんだけど。
なんて、私の状況など何も知らずそうメールを送信してくるのは高校時代の友人達だ。
――煩わしい。
それらに一切返事をしなかった。する意志はあったが、事が落ち着いてからでいい。
そんな私が、返事をしたメールがあった。メールの送信者は、兄。
地元に戻ってから何度か連絡は取り合っていた。毎日のように泣いていた頃は、その度に兄に胸中を打ち明けたりもしていたが、ここ最近は連絡をしていなかった。
兄から届いたメールには、一言こう書かれていた。
<優人君の電話番号教えて>
何で? って、すぐに返信をした。優人に関わる事にだけ反応する自分が滑稽に思える。
それにしても急にどうしたというのだろう。兄が優人に用事があるなんて思えないし、いつの間にか仲良くなっていた、なんてもっと有り得ない。
<ちょっと話したい事がある>
私の問いに対し、兄はこう返信してきた。兄の返信は早い方だが、やり取りがもどかしく感じて、私はすぐに電話を掛けた。
『もしもし』
早い対応。既に携帯電話の画面を見ていたのだろう。
「優人に話したい事って何……? 何でお兄ちゃんが優人に……」
小さく溜息をついた兄は、冷静に言葉を紡ぐ。
『母さんからお前の様子を聞いてた。どう助けてあげたらいいか分からないって母さんが言ってたぞ? お前がそうなった原因は、優人君だろ?』
「……」
何の話? 優人は関係ないだろう。確かに優人への想いが報われなくて辛い状況にある。けれども、それを全て優人に責任転嫁するのは筋違いだろう。優人以外、誰も悪くないとでも言いたいのか。
母が兄に何をどんな風に話したのかは定かではないが、母のそういう所が気に入らない。被害者意識が強く、自分の子が被害者だと思い込んでいる。仮にそうだとしても、ただ加害者に制裁を加える事が救済に繋がるのではない。
私の欲しい言葉は、望んでいる事は、そんな事じゃない。
悲しみか、怒りか。はたまた別の感情か。言いようのない黒い感情が渦巻く。
『それで、優人君にお前の事を少し話そうかと思ったんだ』
「……別に、優人の所為じゃない……仮に優人の所為だとして、優人に何を言うの? ……お前の所為だって責めるの? お母さん達は、私がこうなったのは全部優人の所為だと思ってるの? 優人の所為なんて事は何一つない。余計な事しないで!」
別に怒っている訳でも何でもない冷静な兄に対し、私は感情的に言葉を放った。何てことない、たったこれだけの事に感情的になるなんて、どうしてこんな人間に成り下がってしまったんだろう……。
けれど、こんなに言葉を発したのは、なんと久しいことか。ずっと、独りだった。独りぼっちだった。
『別に優人君を叱ろうなんて思ってないよ。優人君が悪いとも思ってない。ただ、流石にお前も限界だろうと思ってな。お前、毎日のように泣いてたじゃないか。……優人君にきちんとケジメをつけて貰いたいだけさ』
「ケジメ……?」
『ああ。完全に見込みがないなら、はっきりと振ってやって欲しいって、そう言おうかと思ってる』
……ああ、そうだ。辛くて、苦しくて、早く楽になりたいと望んだ。にも関わらず、聞くのが怖かった。聞いてしまったら、それこそ本当に全てが終わるだろう。
優人が私に何も告げないのも、私が優人に何も聞けないのも、お互いに向き合う事を放棄し、逃げてきたからだ。ケジメをつけなければならないのは、私も同じだった。
『……身内とは言え、第三者が口を出すのもどうかとは思ったんだけどな。誰かが背中を押さなきゃ、お前ら二人は終わる事も始まる事も出来ない』
「……」
『ま、取り敢えず優人君の電話番号教えてくれ。――あ、優人君って知らない番号出るのか?』
「うん、出るよ……」
何故そんな事が分かるのかって? ――以前、そんな話をした記憶がある。知らない番号からの着信は、警戒し電話に出る事を躊躇う者が多いだろう。けれど優人は、割と躊躇いなく出るのだと言っていた。意外だな、と驚いた故に、記憶に残っていた。優人との会話で、忘れている事なんてないけれど。
いっそ忘れられたら、苦しまずに済んだのに。
『わかった。今まだ仕事中だから、終わったら優人君に掛けてみるよ。じゃ』
ここで兄との会話が終了した。
今は、十七時過ぎ……。兄の仕事は確か……十九時までだっただろうか。優人がバイトへ行ってしまって、入れ違いにならなければいいのだけれど。
ぶるっと身体が慄いた。寒い。部屋を温かくしている筈なのに、これは緊張の所為だろうか。
怖い。
優人が何を言うのか。どういう結末になるのか。兄は優人にどう言うのだろう? それに対し、優人は兄に何を言うのだろう? 優人の言葉は、どう私に伝わるのだろう。間接的に、或いは、直接……。
怖い。だけど。
今日で、漸く全てが終わるんだ。
これで漸く、私は楽になれるんだ。
*
時計の針が、時を刻む音だけが響く。ぼんやりと、壁掛け時計を見つめていた。
時刻は十九時を回って、もうすぐ三十分になろうとしていた。
顔を俯けて、携帯電話の画面を見た。まだ、何の連絡もない。優人に電話は繋がったのだろうか。
怖い、怖い、怖い。
兄に電話を掛けてみようか、繋がったのかどうかを確認したい。
「!」
掛けようとした所で、家のチャイムが鳴った。
びくりと肩を震わせて、モニターを確認する為に立ち上がる。そこには、母と夕海と桃花が映っていた。
それを見て明らかに落胆する自分がいる。何を期待していたんだろう……自分の望む人がここに来る訳はないのに。ここに私が住んでいる事すら知らないのに。
家族との会話も面倒だ。居留守を使おうか、なんて考えるけれど、私が家にいないなんてある訳がないと皆知っていると瞬時に理解し、居留守は無駄な行為だと気付く。追い返そうか、なんて考えたのも束の間、ガチャリと勝手に家へ入ろうとする音が階下から聞こえた。しまった、鍵を掛け忘れていたみたいだ。
顔を顰め、眉を上げた不機嫌な顔で、三人を迎える。
「……何? 勝手に入ってこないで」
低い声で三人に告げる。
「ごめん、心配だったから……」
母はそう言ったが、それを無視してベッドに座り込む。三人は立ったままだ。ゆっくり腰を落ち着けられるような空気でも場所でもない為、困惑した表情で立っている。面倒だから無視を続けようと決めた瞬間。
兄からの、着信があった。
優人と話したのだろうか、出るのが怖い。
「……電話?」
母が尋ねてくるが無視した。
鳴り止まない着信音に電話だと理解したのか、
「……誰から?」
今度はそう尋ねてくる。
「……お兄ちゃん……」
ボソッと、それだけ告げる。
「楓真? ……出ないの?」
「……出るよ」
一言そう言って、兄からの電話に出た。
「……はい」
『…………優人君と、話したぞ』
「え……」
本当に話し終えたのか、兄の声色はいつもと変わらない。けれど、僅かな間で、全てを理解した自分がいる。朗報は、確実に――――ない。
『まず最初に言っておく。もう少ししたら、優人君から何らかの連絡がお前に行くと思う。多分、電話がある』
私達のやり取りが真剣なものだから、三人はやはり立ったまま、息を潜むようにこちらを見ている。
「そう……。優人と、……何、話したの……?」
聞きたいけれど、聞きたくない。
『……』
「……」
ほら、やっぱり。沈黙が私に教えてくれている、兄が伝えたいのは悲報か。
優人と話した、その言葉に余程驚いたのか、母と夕海が不安そうに顔を見合わせている。それを視界の隅に捉えたが、今は無視しておく。
『……優人君から直接聞かされると思うが、今聞くか?』
「……」
『……どうする?』
「……言って。」
もう何でもいい。どうせもう、誰から何を聞いたって、遅かれ早かれ終わるものは終わるんだ。ならば早い方がいい。この年月を“早い”と言えるのかは謎だが。
『お前もう、優人君の事は諦めろ』
言えと告げれば容赦はないのか。今度は僅かな逡巡すら見せず強い口調でハッキリとそう告げられる。覚悟を決めた筈なのに、微かなものだが今度は私が、その先を聞きたくないと逡巡する心が生まれた。
そんなものはお構いなしに、兄はその先を告げた。
『 』
ほら、大丈夫。涙は出ない。
どこかでもう、優人の事は吹っ切れていたんだね。だから、大丈夫。
私は、大丈夫。
兄との電話を終えた私は、ただ無のままに、そこにいた。
「雪音……? 大丈夫? どうしたの……?」
私の様子が普通でない事に気付いたのか、母が恐る恐る尋ねてくる。
兄から聞かされた事を皆に伝えようとした所で、今度は優人からの着信があった。
「――……!」
まさか、本当に電話があるなんて……。
「……優人から電話……。だから、今は出てて」
その事実にも驚愕の表情を母と夕海は見せたが、今回は事が事だけに、すぐに部屋から出て行ってくれた。
携帯電話を見つめる。
これで最後だ。彼に、優人に、伝えなければ。
意を決して、震える身体を何とか落ち着かせて、優人からの電話に出た。
「……はい」
『……』
機械越しに伝わる、優人の微かに息を飲む音。優人と電話で話すのは、いつ振りだろうか。連絡をまともに取り合う事も、いつ振りだろうか。
「……優人、だよね……?」
恐る恐る尋ねた。返事が怖い。
『うん……』
聞こえた声に、ホッと胸を撫で下ろす。肯定した事もそうだけれど、声が確かに本人だった。優しいこの声を、忘れる事などない。忘れた事もない。
『……さっき、』
「……」
『お兄さんから電話があった……。実は今俺――……、』
知ってるよ。
さっき、兄から聞かされた。
それに、そうじゃないかとずっと思ってた。分かってた。
だけど、ハッキリ聞く事も肯定される事も、怖かった。
繋がりがなくなって、あなたを失うのが怖かったんだ。
『ごめん……今、彼女がいる』