真実の永眠
08話 夏祭
携帯電話を持つ手が震える。
そんな事、言える訳が無い。
静寂の中にポチポチと、文字を打っては消し打っては消しを繰り返す音が響く。
宛先は――“優人”。
書きたい文字は、書いてはいけない文字なんだ。……優人には彼女がいるのだから。
そう言い聞かせて、やはりメールを送信出来ないまま、携帯電話をテーブルの上に置き手放すと、私はベッドに寝転がった。
*
それは今から約二時間前――。
「……お祭りに?」
携帯電話を耳に当てる手に、無意識に力が篭もる。電話の向こうにいる麻衣ちゃんの言葉に、私は少し戸惑った。
祭。夏祭り。
そう、そんな時期がやってきた。それは七月の半ばの事。
夏本番のこの時期、各地で祭が開催される。私の住む町でも、あちらこちらで祭があるのだ。
幾つかは既に友人と行く約束もしている。その一つに、麻衣ちゃんとの約束もあるのだ。
――お祭りに?
先程私が発したこの言葉は、麻衣ちゃんから「一緒にお祭に行こう」と誘われての返答ではない。
「今年の祭、桜井さん誘いなよ!」
麻衣ちゃんが言った、この言葉に対してだ。
好きな人とお祭りに行くのは、凄く憧れる。
けれども優人には彼女がいる。メールを始めて一カ月半程経つけれど、その事実は何も変わっていない。私達の距離は、メールのやり取りが続くだけで、あまりこれと言った進展はなかった。何かは変わって来ているのかも知れない、けれど、分からない。
私は麻衣ちゃんに聞こえないように小さく溜息をつき、そして言った。
「……無理だよ」
そう、優人をお祭りに誘うなんて、無理に決まっている。優人には彼女がいるのだから。
『でも誘ってみないと分かんないじゃん! 彼女とも上手く行ってないんだし』
「上手く行ってなくても、彼女だし……もし私とお祭りに行ったら、それって浮気になるんじゃ……」
『うーん、そうだけど~……』
何だか納得のいかない、面白くなさそうな声色だ。
私はもう一度彼女には聞こえぬよう、小さく溜息をついた。
「……だから桜井君と一緒に行けなくてもいいよ」
誘ってOKの返事が貰えるとは思っていない、もしも万一OKなんかして来たら、それこそ駄目だ。優人に浮気なんてさせたくもないし、そんな人になって欲しくない。
流石に断られて嬉しい気持ちなどしないけれど、浮気相手みたいな感覚で一緒にお祭りに行けても嬉しくはないから、だから、これでいい。
そう思い、返事をしたのだが。
『でもさ、誘うのはタダだし、誘った事でどう返事が来るのか気になるじゃん。彼女いるからって断ったらかなり誠実な人だしさ! あんな彼女ならOKしてもいい気もするけど』
「うーん……」
曖昧な返事をしながら苦笑した。
全面的に肯定は出来ないけれども、何だかその言葉は妙に説得力があった。かと言って簡単に「誘ってみる」とは言えないけれども。
『取り敢えず、誘ってみるだけ誘ってみなよ! で、また何かあったら教えて! それじゃ!』
「え、ちょっ……」
……切っちゃった……。こんな漫画みたいな電話の切り方。否定の言葉など聞く気はないのだろう。
溜息をつきながら携帯電話をそっとテーブルに置いた。
ベッドに腰掛けて、暫くは麻衣ちゃんの言葉に色々考えさせられたが、考えても無理なものは無理だった。
それからテレビを点けて意識を逸らそうとしたのだが、麻衣ちゃんの言葉が頭から離れなくて、結局点けていたテレビを消し、テーブルに置いた携帯電話を手に取った。
そして話は、冒頭に戻る――――。
寝転がった身体を起こさず、暫くはずっと考えていた。これまでの優人とのメールのやり取りや、麻衣ちゃんの言葉を反芻する。
試合で見た優人の姿を思い返し、彼女の事を考えてみたり――そんな事は無駄だと分かり切っていたけれど、考えずにはいられなかった。
そういえば、優人は今部活中だろうか。もしもメールを送るなら、夜の方がいい。夕方に部活を終え、夜は大抵ゆっくりしている時間だから。
――もしメールを送るなら?
何考えてるんだ私は。これじゃ誘う気満々みたいじゃない。
「優人には、彼女がいるんだから……」
言い聞かせるように呟く。
もしも誘って断られたら……それは優人が誠実であると考えられる。だからと言って、断られて誰も嬉しい筈がない。ショックに決まっている。
取り敢えず、祭の話題は出さずに、いつものようにメールを送ってみよう。
上半身を起こし、ベッドから手を伸ばして、テーブルに置いた携帯電話を手に取る。
優人宛てにメールを作成した。
<今部活中かな? お疲れ様。部活終わって暇ならお返事下さい>
「送信、と。」
実はこんな普通のメールを送るだけでも今はまだ緊張する。連絡するのが怖いと思う時もある。しつこくないだろうか、迷惑に思わないだろうか、嫌われはしないだろうか……。そんな風に考えてメールを送らなかった日は、今まで何度あっただろう。
連絡する頻度は、基本は三日に一度。相手の都合を考慮し、一・二週間に一度の時もある。
私としては、本当はもう少し話したい、なんて思っていたのだけれど、向こうが自分と同じ気持ちである筈はないのだから……。
そうであるなら、優人からも連絡がある筈だ。実のところ今まで、優人からメールが来た事は一度もない。その時点で、終わってるのかも知れない。メールを送れば、楽しそうに話してはくれるのだけども。
小さく溜息をついた。
――悪い方に考えちゃ駄目だ……!
小さく首を振って、そんな考えを振り払った。
時計を一瞥する。
時刻は十七時。部活が終わるのは十八時らしいから、返事があるとしても、あと一時間は返って来ない。
ベッドに横向きに寝転がる。携帯電話を枕元に置き、目を閉じた。
少し眠ろう。
優人から返事が来るといいな……そう願いながら、私は意識を手放した。
そんな事、言える訳が無い。
静寂の中にポチポチと、文字を打っては消し打っては消しを繰り返す音が響く。
宛先は――“優人”。
書きたい文字は、書いてはいけない文字なんだ。……優人には彼女がいるのだから。
そう言い聞かせて、やはりメールを送信出来ないまま、携帯電話をテーブルの上に置き手放すと、私はベッドに寝転がった。
*
それは今から約二時間前――。
「……お祭りに?」
携帯電話を耳に当てる手に、無意識に力が篭もる。電話の向こうにいる麻衣ちゃんの言葉に、私は少し戸惑った。
祭。夏祭り。
そう、そんな時期がやってきた。それは七月の半ばの事。
夏本番のこの時期、各地で祭が開催される。私の住む町でも、あちらこちらで祭があるのだ。
幾つかは既に友人と行く約束もしている。その一つに、麻衣ちゃんとの約束もあるのだ。
――お祭りに?
先程私が発したこの言葉は、麻衣ちゃんから「一緒にお祭に行こう」と誘われての返答ではない。
「今年の祭、桜井さん誘いなよ!」
麻衣ちゃんが言った、この言葉に対してだ。
好きな人とお祭りに行くのは、凄く憧れる。
けれども優人には彼女がいる。メールを始めて一カ月半程経つけれど、その事実は何も変わっていない。私達の距離は、メールのやり取りが続くだけで、あまりこれと言った進展はなかった。何かは変わって来ているのかも知れない、けれど、分からない。
私は麻衣ちゃんに聞こえないように小さく溜息をつき、そして言った。
「……無理だよ」
そう、優人をお祭りに誘うなんて、無理に決まっている。優人には彼女がいるのだから。
『でも誘ってみないと分かんないじゃん! 彼女とも上手く行ってないんだし』
「上手く行ってなくても、彼女だし……もし私とお祭りに行ったら、それって浮気になるんじゃ……」
『うーん、そうだけど~……』
何だか納得のいかない、面白くなさそうな声色だ。
私はもう一度彼女には聞こえぬよう、小さく溜息をついた。
「……だから桜井君と一緒に行けなくてもいいよ」
誘ってOKの返事が貰えるとは思っていない、もしも万一OKなんかして来たら、それこそ駄目だ。優人に浮気なんてさせたくもないし、そんな人になって欲しくない。
流石に断られて嬉しい気持ちなどしないけれど、浮気相手みたいな感覚で一緒にお祭りに行けても嬉しくはないから、だから、これでいい。
そう思い、返事をしたのだが。
『でもさ、誘うのはタダだし、誘った事でどう返事が来るのか気になるじゃん。彼女いるからって断ったらかなり誠実な人だしさ! あんな彼女ならOKしてもいい気もするけど』
「うーん……」
曖昧な返事をしながら苦笑した。
全面的に肯定は出来ないけれども、何だかその言葉は妙に説得力があった。かと言って簡単に「誘ってみる」とは言えないけれども。
『取り敢えず、誘ってみるだけ誘ってみなよ! で、また何かあったら教えて! それじゃ!』
「え、ちょっ……」
……切っちゃった……。こんな漫画みたいな電話の切り方。否定の言葉など聞く気はないのだろう。
溜息をつきながら携帯電話をそっとテーブルに置いた。
ベッドに腰掛けて、暫くは麻衣ちゃんの言葉に色々考えさせられたが、考えても無理なものは無理だった。
それからテレビを点けて意識を逸らそうとしたのだが、麻衣ちゃんの言葉が頭から離れなくて、結局点けていたテレビを消し、テーブルに置いた携帯電話を手に取った。
そして話は、冒頭に戻る――――。
寝転がった身体を起こさず、暫くはずっと考えていた。これまでの優人とのメールのやり取りや、麻衣ちゃんの言葉を反芻する。
試合で見た優人の姿を思い返し、彼女の事を考えてみたり――そんな事は無駄だと分かり切っていたけれど、考えずにはいられなかった。
そういえば、優人は今部活中だろうか。もしもメールを送るなら、夜の方がいい。夕方に部活を終え、夜は大抵ゆっくりしている時間だから。
――もしメールを送るなら?
何考えてるんだ私は。これじゃ誘う気満々みたいじゃない。
「優人には、彼女がいるんだから……」
言い聞かせるように呟く。
もしも誘って断られたら……それは優人が誠実であると考えられる。だからと言って、断られて誰も嬉しい筈がない。ショックに決まっている。
取り敢えず、祭の話題は出さずに、いつものようにメールを送ってみよう。
上半身を起こし、ベッドから手を伸ばして、テーブルに置いた携帯電話を手に取る。
優人宛てにメールを作成した。
<今部活中かな? お疲れ様。部活終わって暇ならお返事下さい>
「送信、と。」
実はこんな普通のメールを送るだけでも今はまだ緊張する。連絡するのが怖いと思う時もある。しつこくないだろうか、迷惑に思わないだろうか、嫌われはしないだろうか……。そんな風に考えてメールを送らなかった日は、今まで何度あっただろう。
連絡する頻度は、基本は三日に一度。相手の都合を考慮し、一・二週間に一度の時もある。
私としては、本当はもう少し話したい、なんて思っていたのだけれど、向こうが自分と同じ気持ちである筈はないのだから……。
そうであるなら、優人からも連絡がある筈だ。実のところ今まで、優人からメールが来た事は一度もない。その時点で、終わってるのかも知れない。メールを送れば、楽しそうに話してはくれるのだけども。
小さく溜息をついた。
――悪い方に考えちゃ駄目だ……!
小さく首を振って、そんな考えを振り払った。
時計を一瞥する。
時刻は十七時。部活が終わるのは十八時らしいから、返事があるとしても、あと一時間は返って来ない。
ベッドに横向きに寝転がる。携帯電話を枕元に置き、目を閉じた。
少し眠ろう。
優人から返事が来るといいな……そう願いながら、私は意識を手放した。