時計兎
序章
猛暑の夏。
蝉噪が彩りを添える。
今日は花火大会。

お気に入りの向日葵柄の白い浴衣を身につけ、はしゃぎながら屋敷を出た。




だって約束したんだもん


一緒に花火大会に行くって



久遠と行く花火大会の事。
彩夏は忘れていなかった。


来る日も来る日も指を折り、日が経つのを待った。

その様子は花火大会を楽しみにする少女ではなく、大切な人の帰りを待つ、一人の女性の顔だった。



コートをかけてくれた

ステーキの食べ方も教えてくれた

家にも泊めてくれた


一緒に笑った、拗ねた、風邪をひきそうで温めてくれた


今まで哀しかったんだ


一緒にいてくれた
それだけで嬉しかった……



声に出して伝えたいような優しい言葉がある

だから
走り出したくて…
彼に会いたくて…




世界でもっとも美しくて大切な言葉




錆びれた公園を横目に彼のアパートへ向かった。
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