漆黒の黒般若
沖田さんの部屋から逃げてきたあたしは斎藤さんの部屋に向かう

空はもうすっかり赤く染まっている


襖を開けると斎藤さんがいた


「あっ…」

なんとなく気まずい雰囲気が漂う


どうしよう…

とりあえず中に入って本を読んでる斎藤さんの反対側の壁に寄りかかる

シーンとした空気の中最初に口を開いたのは意外にも斎藤さんだった



「楽しかったか?」

「えっ?」


主語のない質問に首を傾げる

「今日の朝のやつだ…」

「あぁ…。
あれは、その…
えっと…、すみませんでした…」

やっぱり斎藤さんは朝の事で怒ってたんだ

小姓の立場で試合なんかして、斎藤さんが怒るのも無理ない

あたしはおどおどしながら謝った


「楽しそうだった」

「え?」

「あの時のあんたはとても楽しそうだったよ」

そういえば屯所に来てからというものろくに竹刀さえ握っていなかった


未来にいたときはおじいちゃんの言いつけで毎日素振りや稽古はかかさなかったから今日久々に竹刀を握ってとても楽しかった


道場の独特の臭いや、試合の時のはりつめた雰囲気
相手の出方を伺う時の緊張感も


すべてが懐かしく
心地よかった


斎藤さんに言われて気がついた

多分言われなかったら気がつかなかった

斎藤さんは読んでいた本をおいてあたしの隣に座り直す


「楽しかった…です…」


小さい声だったが斎藤には楠葉の答えが十分聞こえた

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