漆黒の黒般若
10月も半ばに入った頃、江戸に隊士募集に行っていた平助くんが帰ってきた


「あ、おかえり平助くん」

「ただいま。元気にしてたかー?俺がいなくて寂しかったんだろー?」


「そうですねー、元気でしたよ。あんがい」


「あー、元気なのはいいけどなんか傷つくなぁ…」


少ししょんぼりする平助くんの後ろに誰か立っているのが見えた


「あの、平助くん。後ろの方は…?」


あたしが覗き込むように後ろを見ると壁の後ろから男の人が出てきてこちらに会釈しながらにこりと笑いかけてきた



「あぁ、こちらは伊東さんといって今日から新撰組に入るんだよ。俺が江戸から連れてきたんだ」


「藤堂君、そちらの方は?」


「こっちは坂下っていって、はじめ君のとこの小姓なんだよ」


「はじめまして、坂下君。北振一刀流で剣術を教えていました伊東甲子太郎です。藤堂君にこの度新撰組へ推薦してもらって、これからご迷惑などお掛けするかも知れませんがどうぞよろしくお願いしますね」


「は、はいっ。えっと、斎藤さんのお小姓をやらしてもらってます。坂下ですっ。えっと、多分伊東さんがわからないことはあたしにもわかりませんがどうぞよろしくお願いします」


「っははは。坂下君ってなんだか面白い方ですのね。頼もしいです。ところであなたの下のお名前を教えてもらってもよろしいですか?」


「えっ…?」


「伊東さん、こいつの名前は別にいいじゃねぇか。っな?」


そういって平助くんはあたしにこの場は逃げろと目で合図してくる


「気になりますが、まぁその話はまた今度。と言うことで…。これから近藤局長に会わなくてはなのでね。すみませんが失礼させてもらいますね」



最後も愛想よく挨拶すると伊東さんは廊下を歩いていってしまった


「なぁ、楠葉。なんかすまなかったな。伊東さんって悪い人じゃないんだけどちょっと変わってて…。だから少し気を付けてくれ。じゃあ、俺も近藤さんとこ行かなきゃだから」


「うん、ありがとう」


伊東さんを追いかけるように平助くんも廊下を走っていった


嵐のような一時に少しため息をつきながら楠葉も自分の部屋へと戻っていった


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