漆黒の黒般若
「おのれーっ!」



目の前で怯んでいた浪士は楠葉に斬りかかって行く

はっ、とした俺はその浪士を後ろから貫いた


「がはっ」

楠葉の足元には1つの死体とうずくまる浪士がある


さっきまで集まっていた野次馬もみな恐怖のあまり逃げて行く


その時
楠葉が動いた


しゃがみこんだ彼女は腕をもがれた浪士を覗きこむと口を開く


「吉田を、知っていますか…?」



虚ろな目で呟く彼女に
俺は恐怖を覚え
それと同時に
彼女をとても哀れにおもった



彼女をここまで変えてしまう吉田が憎かった


「し、知らないっ!」


恐怖でゆがんだ男は
吉田を知らなかった


「わかりました」


にっこり笑った楠葉は
団子屋を出ていく


「待てよ、楠葉っ!」


俺も慌てて後を追う

小さな楠葉の後ろ姿がやけに哀しく映る


「楠葉…」

うつ向いて立ち止まる楠葉に声をかける

「血…」

「えっ?」

「血…、付いちゃいましたね。これじゃあ町には行けないから、屯所に帰りましょうか…」


うつ向く楠葉の肩は小さく震えている

やっと明るくなってきていたのに

また彼女はもとのようになってしまうのだろうか…


悔しくて
ぐっと拳を握りしめる



ゆっくり前を歩く楠葉の隣にはならんで歩くことができなかった


ひたすら屯所まで
一定の間をあけながら
楠葉の背中をみつめていた


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