ピアノレッスン
「玲子は私と結婚したあとも、その恋人と会っていたんだよ。イチのことを知って、一度家を出て行ってしまったことがあってね」

「い、今も・・・?」

恐る恐る聞いてみるけど、答えはあまり聞きたくない。

「・・・今は、どうだろうな」

お父さんは少しだけ寂しそうに笑った。

生みの母親じゃなくても、育ての親のことだ。

私も複雑な気持ちだった。

「でもね、亜澄。私も玲子も本当はちゃんと子供たちのことを愛しているよ、全員平等にね」

そう言われて、ほんのちょっとだけ救われた気がする。

「だから、母さんが少し亜澄にヤキモチを妬いてしまっただけだと許してくれないか?何より亜澄がいなくなって真っ先に探そうとしたのは母さんなんだ」

私は小さくうなづいた。

少しだけ、ほんの少しだけ距離を感じていた両親との隙間が埋まっていく気がした。

「それで、旦那様、今後のことなのですが・・・」

「ああ、そうだね」

お父さんはそう言いながら、ハンカチで目尻を拭いソファーに深く座りなおした。

「亜澄はまだ学生だ。せっかくのピアノをここで辞めてしまうのは惜しいだろ」

「え、じゃあ・・・」

「亜澄の家はここだろう。それから、イチ・・・」

お父さんは秋月のほうに向き直ると、まっすぐに秋月を見つめた。

「亜澄もうちの大事な娘だ。よろしく頼むよ」

「はい!」

「そして、お前はまっすぐに幸せになれ、イチ」

そう言われて、秋月は少しだけ声を震わせて返事をした。
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