春の頃に思いだして。
泣きたい気持だった。数々の戦場を歩き、妖魅たる自分は、己の仕えた者のために必死で戦った。今はもう、そんなことにはなりそうにないが、それは彼女の存在意義を揺るがすものだった。

商店街の軒下を通る子どもらが、花吹雪に歓声をあげ、母親のものらしき声に一目散に、駆け抜けてゆく。ゲーム機を握りしめる普通の子どもに、彼女の姿も声も聞こえない。呪文のようなそれが、漢詩で紡がれていることも。

獣は黙って、穴のあいた目で、彼女を見た。


『そうか、これが……桜か――主どのには、ぜひ、御覧に入れたかった』


獣がごちて、前駆を伸べた。生命活動らしきものをしていない。ということは――。


(やはり、こいつも、妖魅縛師たるわたしと同じ、化け物か――)

「とるに足らない、この季節というもの。君はなにをまず想う?」

『そんなことをきいて、何になる。さあ、もう帰れ。おまえのいるべき場所へ――』

「四季折々の、とるに足らないとはいえ、暇つぶしの相手。とてもとてもつまらない、相手」


ふと、獣の前肢が煤けたように見えた。


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