寄り道アバンチュール
もぞもぞとベッドから這い出て床に散らばる下着や服を掻き集める。
チラっと背後に視線を向けて確認するも、美丈夫な背が起き上がる気配は一向になく。
もう一度漏れそうになった溜め息を飲み込んで「ポジティブに」と心の中で唱える。
そうだ。
どうせ今恋人もいないんだし、今までにこういう一夜の逢瀬は経験がない。
また一つ社会と男を知ったということにしておけばいいじゃないか。
しかも相手は(背中を見る限り)いい男。
ありがたいことに私には昨夜の記憶も男の記憶も全くていいほど残っていない。
初アバンチュールにしては上出来じゃないか。
これで今日これから出社したら新しい上司がいて、「昨晩はごちそうさま」なんてニヒルな笑顔を向けられ、つまりは一夜共にした男と運命的再会、なんてことになったら尚美味しい展開かもしれないけど。
生憎出社どころか私はまだ女子大生だ。
もし万が一キャンパス内でこの人とすれ違うことがあったとしても、向こうだって私なんか覚えてないだろうし。
そう思うと"オトナの事情"とはなんてサッパリしたものなんだと実感する。
否、"オトナの情事"。
服を身につけ終わるとそろりそろりとドアの方へと忍び足で動く。
本当はシャワーを浴びたいけど、その間に向こうが起きたら気まずいことになるのは簡単に予測できた。
ドアの取っ手に手をかけたところで一瞬、「男の顔をみてやろうか」と好奇心にも駆られたけどすぐに振り払う。
折角今自分の中には「美男」のイメージがあるんだ。
こう言ってはあれだけど、思い出は綺麗なままで残したい。
取っ手を下に押してゆっくりドアを押そうとした、そのときだった。
「何処行くんだ?」