寄り道アバンチュール
心の奥底の叫び声が目の前で珈琲を淹れ始める人物に伝わるはずもなく、小さく肩を落としてソファに腰掛けた。
帰りたい帰りたい病なこの意志をさり気なく且つ手堅くお伝えしたい。
「滝沢は珈琲にはミルク一つと角砂糖二つ、だよな」
なんで知ってるんですか。
「紅茶はミルクだけ、…あってる?」
こちらを振り返える切れ長の目に「ばっちりです」と答えると先輩は嬉しそうにはにかんだ。
なにか多少狂気に近いものを感じる。
先輩が運んで来た二つのコーヒーカップから立ち上る湯気を見つめながら脳内をフル活動させて切り出した。
「…先輩」
「滝沢」
「先輩は私のことが好きなんですか?」
「さぁ、滝沢は俺が滝沢のことを好きだと思う?」
言葉遊びで返されてこいつは面倒臭いなと思うと同時、先輩の扱い方が少し見えた気がする。
「私は本当に昨晩のこともなんで今ここにいるのかも覚えてないです」
勢いよく立ち上がって二つ下の後輩らしく頭を下げた。
「私は先輩が私のこと好きだとは思ってないし彼女面するつもりもないので、」
先輩も彼氏面は控えて下さい。
という言葉を含むように間を空けて「お邪魔しました」と続け玄関へ向かう。
ソファに座ったまま腰を上げる様子のない先輩の視線が私の背に突き刺さってるのが感じ取れた。
「滝沢」
「…はい」
「そっちトイレだぞ」
「…トイレに行ってから帰りたかったんです。お手洗いお借りします」
背後で漏れた忍び笑いに敗北感が煽られた。