車にはねられた猫
まだ濡れている地面に、猫の毛がくっついて、ゆらゆら風に吹かれていた。
ゆら、ゆら。
まるで、生きているかのように。
猫を飼っていると、家の中には毛が漂っていて、時に、出かけ先でも服に付いているのに気づく事がある。生活に、あまりにナチュラルにとけこんでいて、特別に意識する事も無い、猫の毛。
床に落ちていたら、それはちょうど、人間の髪の毛が落ちているのと同じ感覚で、拾い集め、捨てる。
日常の中で見るにしては多量の血液の中にある、猫の毛。
日常にありえないはずの物の中に見る、ありふれたもの。
あの猫は、確かに生きていた。ひよひよと動く毛に、生を感じた。
そして今。ここにあるのは、あの猫は、死んだという事実。
猫は、死んだのだ。
艶かしく光る血と、そこで踊る猫の毛に、手を合わせた。
そして、その非日常的な光景を、記憶のフィルムに強く焼き付けた。
こんな事をしている所を、誰かに見られたら、怪しいと思われる。もう帰ろう。
羞恥心はこんな時にも消える事はないのか。そんな自分をさらに恥ずかしく思う。
ーーじゃあね。
やはり、見えなくなるまで後ろを振り向きながら、家に向かった。
どこにいるのかはわからない、猫。
神のご加護がありますように。