あいなきあした
いつもどおり、朝日と共に目は覚めたが、畳で寝たせいか身体の節々が強張っている。そして、女は昨晩の行儀の悪い態度とは異なり、すやすやと穏やかに寝息をたてている。
俺は、部屋の鍵と通帳一式をハンドバッグに入れ、自分がとった簡単な朝食を一人前余分に作って、メモを残して店に向かった。
(食ったら帰れ。)
二千円だけをメモにはさんで…。

少し準備に手間取ったので、店先では暇を持て余したアキラが、所在無く突っ立っていた。
「ケイジさん、遅いっすよ。」
「悪い悪い、とんだ酔っ払いを誰かさんのせいでみてきたんでね。結構飲んだから、高くつくぜ?」
「オレの連れじゃないっすから。それより、時給上げてくれる話、どうなったんです?」「そんな話したっけか?まあ、取られるもんもないし、鍵空けて置いてきたわ。小銭も置いといたから、勝手に帰るだろ。」

俺とアキラは拳をあわせてする、インディアンの握手を交わして、いつものように店のシャッターを上げた。
「またよろしくお願いしまーす」
何度言ってもしっくりこない客商売ならではの掛け声で客を送り出し、洗い場に詰まれた食器を眺める…。アキラが厨房に立ってくれればこの1・5倍はさばけるのに…と、取らぬ皮算用をしながら今日も暖簾を下ろす。残った具材をタッパーに入れて帰途に。材料切れで客を泣かせたくないので、毎日少しづつだが具材は余る。処理をするのは大概俺一人なので、遅い夕食はどうしてもチャーハンになってしまう。一度、アキラにもふるまってみたが、
「ケイジさん、マジ神っすわ」
「誉めてもなんも出ねえからな、お前が厨房に入るんなら考えるわ」
と、自分でもまんざらではない逸品だ。
でも、今日の残り具合はゴハンと具が1:1のトンデモなチャーハンが出来てしまうほどの量で、いささか持て余し気味ではあった。
(もったいないが豚汁でも作るか)
具材の算段だけで帰途の時間が埋まると、暗いだけのねぐらへと向かう…
誰もいないわびしさだけの残っているはずの煌々と明かりがついた部屋で、お得意のビジュアル系の音楽をヘッドフォンで爆音でかけた女が、目一杯馬鹿馬鹿しい大仰なポーズで、エアギターを弾いていた。
「お前!帰る金置いていっただろ!」
「でもこのCD発売日だったし…下のオッサンが上のラーメン屋の女だって言ったら、千円であとツケにしてくれたよ。この曲、ゴキゲンだろ?」
「ツケじゃないだろ!親御さんが心配してるぞ。」
女はいけしゃあしゃあと
「ワタシ、メンの家渡り歩いてるから、親も諦めてんの。それよりさ、何か食わせてよ…。」
言いたいことだけ言ってエアギターを再開する女。俺は黙ってコンパクト・オーディオ落とし、目一杯凄みを効かせたつもりの顔で、
「俺は、ロックが嫌いだ!」
女とは空気でつばぜりあったが、女は空腹に負けてかむくれて座り込んだ。
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