あいなきあした
俺はこの店が好きだ。
居抜きで家賃も安く、乗降客も少ないが、学生や、サラリーマンの定期圏内の駅前ゆえに、素材というよりは値段とボリュームを売りとする某有名系列店をはじめるには、格好の物件だった。
いかにも、昔ながらのラーメン屋といった風情の物件は、居抜きのラーメン屋という業態に限り、格安で貸してもいいという、喉から手が出そうなほどの物件だったが、いままで、何人もの店主が断られているという不動産屋の話ではあった。
契約の実際の場は、不動産屋のテーブルではなく、営業中のその店に赴くかたちになった。店内には2~3人の客が何も言わずにラーメンをすすっている。
「こんにちは、契約のお話をいただいたヤナギサワと申します」
「おう、ちょっと待ってろよ。」
ひらけた厨房を見やると、特段特徴のない食材でスープを取っているように見えたが、その麺の湯切りは、腕のてこを使った鋭さで、水分でスープの味を崩さない完璧さで、俺はどんぶりをだされる前から、肩がこわばるのを感じた。
「おいよ、コショウ先にかけるなよ。」
薄いチャーシュー、ナルト、メンマというよりはシナチク…彩り程度のネギ。

「支那そば」の名前にふさわしいたたずまいの一杯。
スープを飲み、麺をすする。
じいさんは少し間をおいて、
「どうだ?」
ちぢれた麺が滋味溢れるスープを持ち上げる。小麦のふんわりとした香りが噛みしめるたびにひろがる。奥にある製麺機も使い込まれているところを見るにつけ、国産の小麦を自家製麺している。そして具材が極限まで絞り込まれているのも、いい材料を使っているからで、値札の「ラーメン 550円」は持ち物件と店主の心意気なくては出来ない。何のてらいもないが、間違いない味。
「うまいです…。」
「お世辞聞いてんじゃねえんだよ!お前、このラーメン作れるか?」
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