アラサーだって夢をみる【12/23番外編追加】

どうか私を

連絡しなきゃ。
心が重い。

あれから10日ほど過ぎた。
ぷう太の足はまだ固定しているけど、すっかり元気になっていた。
友樹は仕事で泊まり込んでいて、明日帰ってくる。
だから今日しかない。
スマホをみつめて、またため息がでる。

「ぷう太が怪我して治るまで時間がかかりそうなので今回はやめます」

何度も練習している私をぷう太が不思議そうに見ている。

誤魔化せるなんて思ってなかった。
それに、本当の気持ちは何も伝えられない事もわかってる。


初めてかけた時よりも緊張する。

1コール
2コール
3コール

(もうだめ…!)

切ろうとした刹那、『沙理?』と優しい声。

涙が浮かびそうになって、ぐっと堪える。
  
「こんにちは! お忙しいですか?」
  
『かけてくるなんて珍しいね? どうかした?』
  
さすがに鋭い。

「あの、実は」
  
練習通りにぷう太の怪我を伝えて

「来月は行けそうにないので早めに連絡しました」
  
言えた。

『そう、大変だね。他の子は元気なの?』

「はい、大丈夫です」
  
早く切らなきゃ。

『それで』

少しの間のあと。

『どうして怪我したの?』

一瞬。

ほんの一瞬だけ、言葉に詰まった。

「私の不注意で」

ウソじゃない。
私のせいだから。

『そう』

『じゃ、沙理が来れないなら俺が行くよ』

「え…?」  

『そっちに行くって言ったんだよ』

『いつなら会える?』

「あ、いえその」

まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったので動揺してしまう。

『沙理』

真剣な声。

『最初に会った時のこと覚えてる?』

忘れるはずがない。

『この間言ったこと覚えてる?』

一緒に。

三神さんと一緒にあの部屋で過ごした時間。
愛し合ったことも、言葉も、全部覚えてる。

約束だよと絡めた小指の感触も。

『何があった?』

電話の向こうにいる姿が見える。
手を差し伸べてくれてる。

きっと、一言伝えられれば何でも叶えてくれるだろう。

〝助けて〟と。

でも。


「何も」


三神さんを愛してる。
愛してしまった。
一緒にいたかった。
三神さんのものになりたかった。

二次元じゃないのに。
現実なのに。

自分が何をしているのか自覚もなくて、どうしようもなく子供で。
そんな愚かな私を愛してると言ってくれた。
全てをくれるとまで。

きっと、友樹との関係がうまくいかなくなるのも想定していたに違いない。
三神さんは私を救ってくれるだろう
すぐに迎えに来てくれるだろう

でもその手に縋る事はできない。


「何もありません」

  
ここで三神さんの手を取ってしまったら
その咎は私に還らない。

今度こそ私の一番大切なものを奪う。

今の私にとって自分より大切な存在。

ぷう太達が生きていてくれる。
それだけでいい。
短い間しか一緒にいられないのだから
せめて天寿を全うして欲しい。

きっと同じくらい大切な三神さんと決別すること。
それが私自身への罰だから。

そうすればいつも通りの日常が戻ってくる。
思い込みでもなんでもいい。

私の家
私の家族
私の居場所

ここで生きていける。

だから。


「大丈夫です」



不思議なくらい冷静に言えた。

三神さんは黙っていた。
眉根を寄せている綺麗な顔が目に浮かぶ。
きっと悲しそうな顔してる。

「三神さん」
  
『何?』

「大好き」


ごめんね。

何も言えなくて

約束守れなくて

貴方と一緒になれなくて

ごめんなさい。


「大好き…でした」


愛してる

これからもずっと

離れてもずっと

多分、永遠に。

だから、私を嫌いになって下さい。


「次の作品、楽しみに待ってますから」
  
  〝ごめんなさい〟も
  
  〝ありがとう〟も
  
  〝さよなら〟さえも告げられない私を
    
どうか嫌いになって。
    
「それじゃ、お仕事頑張って下さいね」

通話を終えようとした時、三神さんの声が聞こえた。

『沙理』

名前を呼んでもらうのもこれが最後。

『愛してるよ』

とびきり素敵な声で愛を告げてもらうのも。



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