アラサーだって夢をみる【12/23番外編追加】
冷たい空気と共に入ってきた人影に、いきなり手首を掴まれた。
体を壁に押し付けられて唇を塞がれる。

冷たい手が頬に触れる。
冷たい唇と熱い舌。

知ってる。
私に触れる手も、このキスも私は知っている。
懐かしい匂い。



異変を察したぷう太達の鳴き声が聞こえてきて、やっと唇が離れた。

「簡単にドア開けたらダメだろ?」

懐かしい声。

「俺じゃなかったらどうするの」

頬に触れる指。

「会いたかったよ」

私を見つめる瞳。 

「沙理」

焦がれた声で名を呼ばれ、感情の箱が揺れた。
数え切れないほどに鍵をかけて固く固く閉じたのに。

「愛してる」

その言葉で一気に弾けて心がこじ開けられる。

きつく抱きしめられて息ができない。
世界がぐるぐる回る。

何が起こっているのか全然わからない。
突然すぎる状況に思考が止まる。
頭の中が痺れて、気が遠くなっていく。

気を失いそうになった時、ぷう太の声が聞こえて我にかえった。
みんながすごい勢いで吠えている。

そこで、ふっと体が自由になった。

「挨拶しなきゃ」

はいこれ、と渡されたのは宅急便の紙袋。
急ぐ足音の先にはコートを脱ぐ後ろ姿。

「み、かみ、さ……」

ようやく声が出せた。
脱いだコートを放ってリビングに入っていくその人を呼ぶ。  
  
「三神さん!」

吠え続けるみんなに構わず、三神さんは床に座り、初めましてと挨拶をしている。
最初にモモとナツが近づいて、手をぺろぺろ舐めだした。

「うわぁあああっ!! 可愛いなー!」

みんな会いたかったよと嬉しそうな声。
人見知りするはずのレオも混ざって3匹と戯れる中、ぷう太だけが少し離れてじっとみている。
三神さんはぷう太に向き直って正座した。

「ぷう太君」

真剣に見つめ合っている…ように見える。

「沙理さんを僕に下さい」

――は?

この人は何を言ってるんだろうと思ったけど、おもむろに立ち上がったぷう太が三神さんの前に座り、尻尾を振った。
手の匂いをくんくんと嗅いでコロンと寝転がり、おなかをみせる。
でも顔はぷいっとそっぽを向いていて。

「お許しがでたのかな?」

三神さんはぷう太を撫でながら、呆然と立ったままの私を見上げた。

もう二度と会えないと思っていた人がここにいる。

何故ここにいるの
どういうことなの
何が起こったの

「あの……」

何から聞けばいいのかわからず、言葉に詰まっていると

「ちゃんと説明するからさ。その前に何か食わせてよ」

今日食べる暇がなくてさと肩をすくめられた。

(え、今日何も食べてないってこと? もう夜なのに?)

「すぐ用意します」

とりあえず食べてもらわないと。
考えるのは後回しにしてキッチンへ向かった。

シチューを温めながらカウンター越しに見える光景をぼんやり眺める。
三神さんはみんなと一緒にこたつでくつろいでいる。
スーツをきちんと着ていることに気がついて不思議に思った。
仕事…じゃないよね?
だって、ここ、福岡だもん。


出来上がったシチューをちょっと多めに盛り付けて、どうぞと勧めた。
三神さんは相当おなかがすいていたらしく、あっという間に食べ終え、「これ、すっげー美味い。おかわりある?」と聞いてくる。

あるけど、友樹の分がなくなるのでどうしようと思っていると、それが通じたのか三神さんはにっこり笑った。

「今日ね、友樹君に会ってきたんだよ」

その口から思ってもいなかった名前が出てびっくりしている私に、内ポケットから封筒を取り出し、2枚の紙を広げて見せる。

1枚目は離婚届。
友樹のサインが書いてある。

2枚目は婚姻届で三神さんのサイン入り。

「本気で俺より友樹君を選んだのなら仕方ないと思ったけどさ」

紙に書いてある文字は、勿論読めるけど、どういうことか全然のみこめない。

「違うだろ?」

三神さんは横で寝そべるぷう太の背中を撫でながら、ね?と声をかけている。
ぷう太も尻尾をゆらゆら振りながら私を見つめていて。

「友樹君から伝言。今までありがとう、それから、ごめんって。あと、時々みんなに会いにくるって」

離婚届にサインがあるってことは、友樹が書いたってこと?
でも朝は普通に仕事に行ったはずだし…
そもそも私、離婚なんてできないって思って…
何があったの…?

「でも、あの、私、会ってないし…話も…何が…」

うまく言葉がでない私を三神さんは諭す。

「会わない方がいいんだよ。その方が上手くいく事も世の中にはたくさんあるんだよ」

それはそうなのかもしれないけど。
いくら私が物を知らなくても、それが簡単なことじゃないってことはわかる。

「今までは沙理がみんなを守っていたけど、これからは俺が沙理もみんなも守るからね。
自慢じゃないけど、俺、頼りになるよ? もう何も心配しなくていいからね」

そして三神さんは4匹にこれからは俺がパパだよと微笑む。

一体どんなことがあったんだろう。
あんな風に身勝手に離れた私なのに。

あまりにも突然すぎる事が続いて混乱してしまった私は、一旦考えるのをやめた。
というより、脳が考えるのを放棄した。
私の想像力なんかじゃ、何が起こっているのかなんてわかるはずもないから。


三神さんはおかわりのシチューとパンを食べて満足したらしく、テレビをつけてローカル番組を面白そうに観ている。
みんなもかわるがわる側に行って、撫でられたり抱かれたりしている。
肝心な話は何もしてくれないまま夜が更けていく。

気づけばだいぶ遅い時間になっていた。
スーツを着たままなので、この後どうするんだろうと思って聞いてみた。

「あの、三神さん、今夜はどこに泊まるんですか?」

「ここだよ?」

「で、でも、うちベッドじゃないですよ」

「俺、どこでも寝れるから大丈夫だよ。床でも椅子でも平気」

そうなんだ…。
一緒に居た時はふかふかのベッドばかりだったので意外だった。

「お風呂沸かしますね」

何もわからないけど、きっと疲れてるはずだからゆっくりしてもらおう。
バスルームでお風呂の準備を済ませ、廊下に脱ぎ捨てられていたコートを掛けて、玄関に置いたままのバッグを持ってリビングに戻る。

「あ、ごめん。散らかしっぱなしだった」

完全に忘れてたよと言う三神さんに、私もすっかり忘れていたものを見せた。

「これ、なんですか?」

最初に渡された紙袋。

「宅急便って言ったじゃん。俺も運んでもらったんだよ」

確かに、最初にチャイムを鳴らしたのはいつも来てくれる人だった。
でも、運んでもらったって……
またわけがわからなくなっていると三神さんがくすっと笑う。

「開けてみたら?」

じゃ、お風呂入ってくるねとリビングを出ていく姿を見送った。



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