アラサーだって夢をみる【12/23番外編追加】
何もかも終わってやっと迎えに行ける日がきた。
沙理の誕生日まであと数日だ。
間に合った。
待ち合わせの時間が近づくと、世良が自分と弁護士だけで行こうかと言い出した。
「お前……切れるだろ…」
「俺が行かなくて誰が行くんだよ」
「……だって、お前切れると面倒じゃん」
「大丈夫だよ」
「ほんとかよ…」
「頼むから刃傷沙汰だけはやめてくれよ」
さすが世良。ほんと俺の事わかってるよな。
勤務先に連絡して、仕事終わりにホテルに呼び出した。
沙理の件で、と説明していたので緊張していた様子だったが、俺と世良をみてさらに固まった。
弁護士が書類を出して話し始めると表情がみるみる険しくなる。
「ちょっと2人にしてくれる?」
終わったら電話するからと嫌がる世良を無理やり追い出した。
やっと言いたいことが言える。
「単刀直入に言うけど」
「なんですか」
明らかに警戒しているけど構わず続ける。
「沙理と離婚してくれる?」
「……」
「これにサインと印鑑よろしく」
「……んで」
「なに?」
「なんであんたにそんな事言われないと…」
「沙理を愛してるからだよ」
「なに、言って…沙理はオレの」
「だからなんだよ。お前、沙理を愛してるのか?」
「当たり前だろ、ずっと一緒にいるんだから」
「へぇ? その割には全然セックスしてなかったじゃん」
その台詞にやっと俺と視線を合わせた。
「沙理の浮気相手ってあんただったのかよ」
「浮気? 失礼だな、お前。俺と沙理は本気で愛し合ってんだよ。絶対離れられないんだよ」
「あんたのせいで沙理がおかしくなったんだよ。会わなかったらずっと幸せなままでいられたのに」
「お前、沙理がほんとに幸せだと思ってるわけ? 沙理は俺と居る方が幸せなんだよ」
唇噛んで言い返す言葉を探しているようだけど、そんな暇与えない。
「もっかい聞くけど。お前、本当に俺より沙理を愛してるって言える?」
「俺、こっちに住むために声優辞めようとしたんだぜ。
結局スクール作ることになったけどな。
全て捨ててでも沙理が欲しいんだよ。
お前にその真似できる?」
「沙理も一緒に話を…」
まあそう言うしかないよな。
「だめだよ。沙理は弱いやつの味方するに決まってんじゃん」
急にこんな話されても、と口篭っているのが気に入らない。
「それにさぁ」
「お前がぷう太に怪我させたの知らないとでも思ってんの?」
明らかに顔色が変わった。
「沙理が言ったのかよ」
「言うわけないだろ。お前、ほんとに沙理の旦那なのか?
沙理は絶対言わない。
1人で抱え込んで死ぬまで黙ってるよ。
そういう女だろ?
だから金と時間使って調べたんだよ。
お前の事も調べてあるからな。
出るとこ出てもいいんだぜ?」
言葉にすると、ずっと我慢してた怒りがこみ上げてくる。
「お前さぁ、この頃沙理の笑った顔、見た?」
「あの可愛い笑顔、最後に見たの、いつ?」
何も言い返せずに俺をじっと見ている。
「ちゃんと食べて眠ってるか知ってるのか?」
「沙理がどれだけ怯えて暮らしてたかわかってんの?」
これだけいいように言われても黙ってるってことは、自覚があるってことだよな。
「お前がこれにサインしないならそれでいいけど?
沙理とぷう太達は連れて行くからな。
お前みたいに切れる奴とこれ以上1秒だって一緒に居させない」
あー、もうだめだ俺、止められない。
世良、ごめんと心の中で謝った。
「それも邪魔するなら、お前、殺すよ?」
本気で口にした。
「俺、本気でムカついてんだよ。
沙理にあんな暗い顔させやがって。
どんだけ泣かせたんだよ」
立ち上がってテーブルを蹴飛ばして、一歩前に出れば届く距離にいる。
「俺の全てと引き換えにしてでも沙理を自由にするよ」
痺れるくらいに拳を握りしめた時、そいつは大きく息を吐いた。
そして、書類にペンを走らせる。
「印鑑は家にあるから」
「わかった。慰謝料払うから幾らでも言え」
「金なんかいらない」
サインを終えて顔を上げた。
「沙理に」
初めて真っ直ぐに俺を見る。
「沙理に今までありがとうって伝えて」
「ああ」
「あと、ごめんって」
「必ず伝える」
「本当はわかってたんだ」
言葉に感情がこもっている。
「他の奴のものになってしまったことも
沙理の心はもう戻ってこないってことも
このままじゃいけないってことも」
少しの間のあと、「わかってた」と小さく頷いた。
「そうか」
「俺はあんたみたいに沙理を愛せないから…もっと自分に似合う子を探すよ。
それまで時々でいいから、みんなに会いに行ってもいいかな」
口元だけで笑う顔は幼くて儚くて、これじゃ沙理が離れられなかったはずだと思ってしまった。
「いいさ。沙理も喜ぶだろ。あと、これでしばらく必要なもの買え」
「金なんかいらないって」
「みんなを移動させるのに時間がかかるからな。その間の必要経費だよ。
新しい服でも買って遊べよ。お前、まだ若いし顔もスタイルもいいんだからさ。
もっと色んな女抱いて経験積めよ」
「あんたに言われたくない」
拗ねるような口調で抗議されて、まあ、そうだよなと返した。
「それじゃ、後は弁護士と話してくれよ」
世良に電話して終わったと伝えると、電話越しでもわかるくらいに安堵した声で無事に終わって本当によかったと言われた。
ホテルを出ると、ライトアップされた街路樹に照らされて、たくさんの白い花びらがゆらゆらと舞っている。
ああ、初雪だ。
あの時沙理に歌った。
ずっと一緒にいようと。
これからはずっと寄り添って生きていける。
胸に手を当てて、プレートの感触を確かめた。
やっと会える。
また笑ってくれるだろうか。
まだ愛してくれているだろうか。
夢の中で抱く日々を終わりにできるのだろうか。
這い上がってくる不安を無理やり振り払う。
――沙理に会える。
ただそれだけを思いながら、俺は雪が舞う道を歩きはじめた。
―◆―◆―◆―◆―
沙理の誕生日まであと数日だ。
間に合った。
待ち合わせの時間が近づくと、世良が自分と弁護士だけで行こうかと言い出した。
「お前……切れるだろ…」
「俺が行かなくて誰が行くんだよ」
「……だって、お前切れると面倒じゃん」
「大丈夫だよ」
「ほんとかよ…」
「頼むから刃傷沙汰だけはやめてくれよ」
さすが世良。ほんと俺の事わかってるよな。
勤務先に連絡して、仕事終わりにホテルに呼び出した。
沙理の件で、と説明していたので緊張していた様子だったが、俺と世良をみてさらに固まった。
弁護士が書類を出して話し始めると表情がみるみる険しくなる。
「ちょっと2人にしてくれる?」
終わったら電話するからと嫌がる世良を無理やり追い出した。
やっと言いたいことが言える。
「単刀直入に言うけど」
「なんですか」
明らかに警戒しているけど構わず続ける。
「沙理と離婚してくれる?」
「……」
「これにサインと印鑑よろしく」
「……んで」
「なに?」
「なんであんたにそんな事言われないと…」
「沙理を愛してるからだよ」
「なに、言って…沙理はオレの」
「だからなんだよ。お前、沙理を愛してるのか?」
「当たり前だろ、ずっと一緒にいるんだから」
「へぇ? その割には全然セックスしてなかったじゃん」
その台詞にやっと俺と視線を合わせた。
「沙理の浮気相手ってあんただったのかよ」
「浮気? 失礼だな、お前。俺と沙理は本気で愛し合ってんだよ。絶対離れられないんだよ」
「あんたのせいで沙理がおかしくなったんだよ。会わなかったらずっと幸せなままでいられたのに」
「お前、沙理がほんとに幸せだと思ってるわけ? 沙理は俺と居る方が幸せなんだよ」
唇噛んで言い返す言葉を探しているようだけど、そんな暇与えない。
「もっかい聞くけど。お前、本当に俺より沙理を愛してるって言える?」
「俺、こっちに住むために声優辞めようとしたんだぜ。
結局スクール作ることになったけどな。
全て捨ててでも沙理が欲しいんだよ。
お前にその真似できる?」
「沙理も一緒に話を…」
まあそう言うしかないよな。
「だめだよ。沙理は弱いやつの味方するに決まってんじゃん」
急にこんな話されても、と口篭っているのが気に入らない。
「それにさぁ」
「お前がぷう太に怪我させたの知らないとでも思ってんの?」
明らかに顔色が変わった。
「沙理が言ったのかよ」
「言うわけないだろ。お前、ほんとに沙理の旦那なのか?
沙理は絶対言わない。
1人で抱え込んで死ぬまで黙ってるよ。
そういう女だろ?
だから金と時間使って調べたんだよ。
お前の事も調べてあるからな。
出るとこ出てもいいんだぜ?」
言葉にすると、ずっと我慢してた怒りがこみ上げてくる。
「お前さぁ、この頃沙理の笑った顔、見た?」
「あの可愛い笑顔、最後に見たの、いつ?」
何も言い返せずに俺をじっと見ている。
「ちゃんと食べて眠ってるか知ってるのか?」
「沙理がどれだけ怯えて暮らしてたかわかってんの?」
これだけいいように言われても黙ってるってことは、自覚があるってことだよな。
「お前がこれにサインしないならそれでいいけど?
沙理とぷう太達は連れて行くからな。
お前みたいに切れる奴とこれ以上1秒だって一緒に居させない」
あー、もうだめだ俺、止められない。
世良、ごめんと心の中で謝った。
「それも邪魔するなら、お前、殺すよ?」
本気で口にした。
「俺、本気でムカついてんだよ。
沙理にあんな暗い顔させやがって。
どんだけ泣かせたんだよ」
立ち上がってテーブルを蹴飛ばして、一歩前に出れば届く距離にいる。
「俺の全てと引き換えにしてでも沙理を自由にするよ」
痺れるくらいに拳を握りしめた時、そいつは大きく息を吐いた。
そして、書類にペンを走らせる。
「印鑑は家にあるから」
「わかった。慰謝料払うから幾らでも言え」
「金なんかいらない」
サインを終えて顔を上げた。
「沙理に」
初めて真っ直ぐに俺を見る。
「沙理に今までありがとうって伝えて」
「ああ」
「あと、ごめんって」
「必ず伝える」
「本当はわかってたんだ」
言葉に感情がこもっている。
「他の奴のものになってしまったことも
沙理の心はもう戻ってこないってことも
このままじゃいけないってことも」
少しの間のあと、「わかってた」と小さく頷いた。
「そうか」
「俺はあんたみたいに沙理を愛せないから…もっと自分に似合う子を探すよ。
それまで時々でいいから、みんなに会いに行ってもいいかな」
口元だけで笑う顔は幼くて儚くて、これじゃ沙理が離れられなかったはずだと思ってしまった。
「いいさ。沙理も喜ぶだろ。あと、これでしばらく必要なもの買え」
「金なんかいらないって」
「みんなを移動させるのに時間がかかるからな。その間の必要経費だよ。
新しい服でも買って遊べよ。お前、まだ若いし顔もスタイルもいいんだからさ。
もっと色んな女抱いて経験積めよ」
「あんたに言われたくない」
拗ねるような口調で抗議されて、まあ、そうだよなと返した。
「それじゃ、後は弁護士と話してくれよ」
世良に電話して終わったと伝えると、電話越しでもわかるくらいに安堵した声で無事に終わって本当によかったと言われた。
ホテルを出ると、ライトアップされた街路樹に照らされて、たくさんの白い花びらがゆらゆらと舞っている。
ああ、初雪だ。
あの時沙理に歌った。
ずっと一緒にいようと。
これからはずっと寄り添って生きていける。
胸に手を当てて、プレートの感触を確かめた。
やっと会える。
また笑ってくれるだろうか。
まだ愛してくれているだろうか。
夢の中で抱く日々を終わりにできるのだろうか。
這い上がってくる不安を無理やり振り払う。
――沙理に会える。
ただそれだけを思いながら、俺は雪が舞う道を歩きはじめた。
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