アラサーだって夢をみる【12/23番外編追加】
【番外編】初めてのクリスマス
「いやだよ! 絶対行かない!」

世良が「そんなこと言うなよ」と困った顔をしている。
自分でもそれが通るはずないとは思っていた。
ずっと前から出演することが決まっていた大きなイベント。
沙理も配信で見ますと楽しみにしてる。
これをキャンセルしたら事務所にどれだけ迷惑をかけるか。

でも…
ばたばたと引っ越しを済ませて、とりあえず一緒に暮らせるようになった。
やっとゆっくりできるのに。
それも、沙理と過ごす初めてのクリスマス。

「お前…クリスマスどころか誕生日すらどうでもいいって言ってただろ…」

心底呆れたような口調に反論した。

「沙理と一緒に過ごす初めてのクリスマスだぞ。特別に決まってんだろ」

「……子供じゃねーんだから…」

世良はため息をついて、とにかく、と声を大きくした。

「仕事なんだからな! イベント終わってすぐ帰ってくればイブにギリ間に合うだろ?
 沙理ちゃんは俺がみておくから、安心して行ってこい!」

「は…ぁ…!? お前に任せる方が心配だよ!」

「大丈夫だよ」

世良がいつもとは違う、初めて見るような顔をして言った。

「沙理ちゃんはもうお前のものだからな。
 俺、人のものには手を出さないって知ってるだろ?」

向こうから来たら知らないけどなと笑う。
確かにその通りだから言い返せない。

沙理にも行きたくないと話したら、何言ってるんですかと目を丸くされた。

「たくさんの人が楽しみにしてるんだから行かなきゃダメです」

勿論、私もと配信予約画面をみせられ、渋々、本当に嫌々ながらも東京に行く準備を整えた。


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イベントは大盛況でファンサもやれるだけやって、喜んでもらえたと思う。
沙理からも、めっちゃかっこよくて素敵でしたとテンション高めのメッセージが届いて頬が弛んだ。

だけど…。
事務所の仕事やファンクラブの事後処理など、やらないといけないことが山のようにあった。
これをやるために何回も呼ばれるのはごめんだ。
明日までぶっ通しでやって、あとは持ち帰れば終わるだろう。
すぐ帰りたかったのに。
イブの夜は諦めないといけなくなって、沙理に連絡して事情を話す。

沙理は大変だけどお仕事頑張って下さいとすぐに理解してくれた。

「皆さんが困らないようにしてくださいね。引越しの後片付けしながら待ってますから」

風邪ひかないようにしてくださいね。それから…と少し間が空いて

「……愛してます、三神さん」

ああ、自分から言ってくれるようになったんだなあ。
今すぐ抱きしめたい。
離れているのが寂しい。

ついこの間まで独りでいられたのに。
もう無理、独りじゃ生きられない。

「俺もだよ。愛してる。早く会いたいよ」

「私もです。それにみんなも」

ぷう太達の息遣いや甘えて鳴く声が聞こえる。
早く帰りたい。


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本当に寝ずにぶっ通しでやったおかげで、なんとか25日の最終便に乗れた。
時間ギリギリだったから、沙理には搭乗した便名だけ知らせた。
到着予定は22時頃か。
でも、遅れたら…
家に帰り着くのは日付が変わってしまうかもなぁ。

沙理に会うまでは本当に年間のイベントなんてどうでもよかったのに。
ただの日付でしかなかったその日がこんなにも特別に思えるなんて。

目を閉じると沙理の笑った顔と尻尾を振るぷう太達が浮かぶ。
もうすぐ会えると思うと気が抜けて、睡魔に勝てなくなった。


✼•┈┈•✼


着陸態勢に入るアナウンスで目が覚めた。
タワーが見えて大きなクリスマスツリーが光ってる。

ああ、帰ってきた。
心からホッとする。
もう、ここが俺の居場所になったんだと実感していた。


着陸してドアが開くまでの時間がこんなにもどかしいと思ったのは初めてだ。
飛行機を降りて、急いで到着ロビーに出て、タクシー乗り場へ走り出そうとした時。

「三神!」

聞き慣れた声の方を振り向くと世良が手を上げていた。

「世良…迎えにきてくれたのか」

「うん、お疲れ」

「…ありがと」

自分がどんな顔をしているのかわからなかったけど、世良は「行くぞ」と言って俺の髪をくしゃっと撫でた。


立体駐車場で、あれ?と思った。
スクール用に調達したミニバンが停まっている。
普段乗りには使わないはずなのに。
なんでこれ?と聞くと、世良はニヤッと笑ってスライドドアを開けた。

わんわん、と賑やかな吠える声がして。
サンタ帽子のぷう太とレオ。
トナカイカチューシャをつけたモモとナツ。
4匹ともクリスマスカラーのケープを着ていて、並んで尻尾を振っている。

そして。

「おかえりなさい」と沙理が嬉しそうに迎えてくれる。

自分でも信じられないくらいに感情が揺れた。

「1秒でも早く会いたかっただろ?」

世良が肩に手を乗せて耳元で囁くから、余計に心が揺さぶられる。

(これ、やばい)

感情が昂って、何か喋ると泣いてしまいそうだ。
ただいまとだけ言って、沙理の横に座るとぷう太が膝に乗ってきてぺろぺろと顔を舐める。
ほんと、やばい。

「じゃ、ゆっくり帰るぞ」

世良が車を走らせる。
街はまだクリスマスイルミネーションでキラキラしていて、光の中を移動しているようだ。
クリスマスに間に合いましたねと沙理が笑っていて、俺は「うん」と頷くしかできない。

みんなを撫でたり、抱いたりしてるうちに少し気持ちが落ち着いてきて、一息ついた時。
たくさんのライトアップされた樹が見渡せる場所に車が停まった。

「沙理ちゃん、いつでもいいよ」

世良が声をかけてきて、沙理がはいと返事をする。

「プレゼントを用意する時間がなかったので」

ピンマイクをつけていたらしく、ONにして音量を調整して。

「これくらいしか思いつかなくて…」

聞いてくださいと流れ始めた曲は有名すぎるクリスマスソングだった。

(え…?)

最初の一声で度肝を抜かれた。

沙理、歌えたんだ…?
確かに可愛くて甘い声は最高にそそるんだけど、こんなに…?
それも英語…?
声と発音がめちゃくちゃ合っててやばい。
生声が脳に直接触ってくるようで、それくらいに俺の心に響いてくる。
世良がコーラスもハモリも完璧に合わせてて、それも凄すぎる。

俺はもうびっくりし過ぎて、半ば放心しながら聞き惚れてしまい、何もリアクションできないでいた。

歌い終わった沙理は「この曲だけは歌えるんです」と恥ずかしそうに微笑む。

気づいたら、抱きしめてた。
歌の余韻と、沙理の匂いと温かさが伝わってきて、言葉にならない。

「三神さん…?」

ベルが死んだ時は悲しくて、本当に悲しくて毎日泣いた。

でも今は。

嬉しくて、幸せで、感情が抑えられない。
嬉し泣きってほんとにあるんだなと思った。
そういえば、沙理も俺の歌で泣いてたっけ。

「ありがとう」

「最高のクリスマスだよ」

沙理は俺の顔を見て、喜んでもらえてよかったですと涙ぐむ。

「お前のそんな顔見れる日がくるなんてな」

世良が「Happy Xmas」と俺にウィンクして、運転に戻ろうとした時、「おぉ、すげえ」と呟いた。
何が凄いんだろうと思って前を見ると、きらめく光の中をひらひらと雪が舞っている。
わあ、と沙理が瞳を輝かせて外を見る。

一緒に過ごした初めてのクリスマスは、ほんの少しの時間だったけど。
沙理の歌声にホワイトクリスマスという最高の思い出をプレゼントしてくれた。

「明日、積もったらみんなで遊ぼうな」

「お前…………いい加減に仕事……」

世良が言いかけたのをやめて「ま、こんな日に仕事の話は野暮だな」と白い歯を見せた。

雪が舞う中をみんなで歌ったり喋ったりしながら、ゆっくり帰る家までの道。

こうやって思い出は増えていくのだろうか。
一緒に居たら、色んなことが思い出になるのだろうか。

初めてのことが多すぎて、自分の変化に戸惑ってもいるけど。
この幸せがずっと続くようにと願う。

この愛しい笑顔が、曇らずに、ずっと俺に向けられるようにと。






Fin


〜初めてのクリスマス〜
2024/12/23


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