アラサーだって夢をみる
先に帰る世良さんにちゃっかりサインをもらって、握手してもらおうとしたら三神さんが「だめ!」とさえぎる。
  
世良さんは笑って、またね~と去っていく。 
  
あいつ、根はいい奴なんだよと言った三神さんは優しい声だった。
  
「久しぶりにこんなに歌ったよ。リクエストはもう終わり?」
  
私はこの上なく満足していたので、はいと答える。

それじゃ、最後に俺が歌いたい曲をと、三神さんはマイクを握った。

イントロが始まる。
オルゴールのメロディが流れる。
私はびっくりしてタイトル画面を凝視した。
  
  冬の歌。
  
  大好きなラブソング。
  
  詩もメロディも私の琴線に触れる曲。
  
  この歌を聞く度に、三神さんの声で聞けたらどれだけ素敵だろうって思った。
  
  ずっとそう思ってた。
  
間奏に変わると三神さんが横に座る。 
いつの間にか涙が流れてたらしくて、それを指でぬぐってくれる。
  
  どうして
  
  どうしてこんなに
  
  私が嬉しいって思うことを
  
  どうして知ってるの?
  
  これ以上好きになったら
  
  きっと好き過ぎて死んじゃう
  
  それなのに。
  
  涙が止まらなくて、三神さんの歌声が心に沁みて気持ちが溢れてしまいそうになる。
  
「この歌好きでさ」
  
「何年も練習してたんだけど、人前で歌ったのは初めてかな」
  
歌い終わったあと、沙理に聴いてもらえて良かった、と抱きしめてくれた。
歌声が耳に残ってる。
その耳元で三神さんが囁いた。  
  
「セックス以外で泣かせたの初めてだよね」
  
……!
  
三神さんはあはははと楽しそうに笑う。
歌の余韻に浸ってたのに。

「音源…」
  
「え?」
  
あんまりにも笑ってるから、ちょっと悔しくて私は無茶振りしてみた。

「録音して音源下さい」
  
三神さんが笑いを堪えているのが伝わってくる。

「あと、さっき世良さんと歌ったのもお願いします」
  
わかった、と頷き、「今度スタジオで録音しとくよ」

さらっと答えて立ち上がった三神さんに続くと、「帰ろう」と抱き寄せられた。



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